杉本達治
From Wikipedia, the free encyclopedia
生い立ち
岐阜県中津川市出身[6]。岐阜県立多治見北高等学校卒業[6]。1986年3月、東京大学法学部卒業[6]。1986年4月に旧自治省に入省[2]。
政治家として

2018年11月2日、任期満了に伴う福井県知事選挙に立候補する意向を表明[7]。同月、総務省を退官[2]。
2019年4月7日に行われた福井県知事選挙は、福井県議会の自由民主党所属議員(県会自民党)のうち、党本部の方針により福井県連は杉本を支持した。これに反発して現職知事の西川一誠を支持する議員が別会派を結成するなど分裂選挙となった[8]。杉本が西川を破り、初当選した[9][10][11]。杉本は落選した西川と同じ自治省の出身で[10]、副知事を歴任するなどかつての部下でもあった[10]。
2022年12月2日、福井県議会の代表質問に、2期目に向け立候補を表明[11]。
2023年4月9日投開票の福井県知事選挙で、日本共産党公認の新人女性を破り再選[12]。
2025年10月22日、福井県は、杉本からセクハラを受けたとの通報が県職員からあったと公表した[13]。同年11月25日、杉本は知事を辞職する意向を表明した[14]。12月3日、辞職願を提出した[15]。4日、県議会は本会議で辞職に同意し、杉本は同日付で辞職した[5]。
人物・不祥事
統一教会との関係
2019年2月、県知事選を控えた杉本は福井市花堂東にある世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の福井家庭教会を訪れ、信者たちと共に祈りを捧げた[16]。福井教区長の野崎禎二[17][18]は杉本の頭に手をかざし、それを見た信者は衝撃を受けたという。野崎教区長はこれ以後、杉本を「天が選んだ義人」と呼んだ。同月に行われた杉本の決起集会にも信者が動員され[16]、4月の知事選で杉本は初当選を果たした。
同年10月6日、愛知県常滑市の愛知県国際展示場で開催された教団主催の「孝情文化祝福フェスティバル 名古屋4万名大会」に杉本は私費で祝電を送った[19][20]。2022年7月20日の定例会見で、祝電を送ったのは「世界平和」などの趣旨に賛同したためとし、「宗教性というか、団体を応援するようなことはありません」と説明した[20]。イベントの半年前には杉本が初当選した知事選があったが、同連合による支援の有無については「今すぐ思い出せるようなものはない」と話した[20]。
統一教会は同性結婚制度の導入やパートナーシップ宣誓制度などのLGBTの権利拡大に反対してきた活発な勢力であるが[21][22]、杉本自身は2022年6月20日の県議会本会議で、福井県内での「パートナーシップ制度」の導入について、今春、当事者と話し合いの場を持ったとして「何とかしないといけないと感じた」「制度導入で社会の理解が深まる」との見方を示しながら、LGBT当事者や支援団体などの話を聞いた上で、調査・研究していくとの方針を示した[23][24]。福井県は2023年11月1日に当該制度を導入した[25]。
女性職員に対するセクハラ行為
2025年4月中旬、福井県の女性職員が県の公益通報の外部窓口[注 1]に「杉本知事の求めに応じる形でLINEを交換し、その後、愛人になることをLINEで求められた。杉本氏の行為は、公務員倫理及びハラスメント防止に関する法令等に違反するものである」と通報した[27]。通報者は「杉本氏の支持者らによる攻撃など、二次被害は恐ろしかったが、このまま放置してはさらなる被害者が発生すると思い、勇気を出して通報した」とのちに心情を明かしている[28]。通報書は内部窓口である総務部人事課に共有され[27]、県は、5月から職員や杉本への聞き取りなどの内部調査を開始した。9月24日から外部の弁護士3人による特別調査委員が事実関係の調査を開始した[13][29][30]。
同年10月22日、福井県は、杉本のセクハラ事案を公表した[13]。同日午後、杉本は「この度、私の言動に関して不適切であったとの通報があり、県民の皆様方に大変ご迷惑をおかけすることとなったこと、心からお詫びを申し上げる」と謝罪した[31]。県は外部から連絡を受けた類似の事案がないかを確かめるため、10月23日より、非正規職員や出先機関を含めた全庁職員約6000人を対象としたアンケート調査を開始した[32]。
同年11月25日、杉本は臨時記者会見を開き、同様の不適切なメッセージを他の職員にも送っていたことを認めるとともに[29][33]、「冗談だとか軽口のつもりだった」と弁明した[34]。そして、調査報告書の公表が年明け以降にずれ込む見通しとなったことを踏まえ、来年度予算案の査定や議会日程などを考慮し、県政に深刻な影響を与えることを避けるため、責任を取って知事を辞職する意向を表明した[35]。辞職に伴う知事選には「今のところ出るつもりはない」と述べた[36]。同月26日に開かれた県議会全員協議会に杉本は説明のため出席した。公明党の西本恵一は、杉本が「冗談だとか軽口のつもり」と述べたことを「傷口に塩を塗るような発言」だとし、発言の撤回と謝罪を求めた[34]。
同年12月3日、辞職願を提出[15]。翌4日の県議会本会議で全会一致で辞職が許可され同日付で知事を辞職した。
2026年1月7日、特別調査委員(弁護士3名)は県に調査報告書を提出し、公表した[37][38]。杉本が深夜や休日を問わず、「○○ちゃんのことを考えると体が熱くなるの」「なぜか無性に抱き締めたいよ」「キスしちゃう!?」「ぼくは〇〇ちゃんのお尻から太ももが大好きだから」「ぼくの前で裸になることを想像すればいいんだよ」「レオタードを着て、おっきく足を上げて」「ずーっと、ずーっと、追っかけをするからね」「もう起きたの? それともおしっこ」「2人だけの秘密結社を結成しましょう」などの文面で、ハートの絵文字や顔文字が多用されたメールを4人の女性職員に送り続けていたことが明らかとなった。杉本からの卑猥なテキストメッセージは1000件以上に及んだ。背後からスカートの中に手を入れたり、両足のあいだに足を入れて絡めたり、飲食店で横がけで座り太ももを触ったりするなど身体的接触を伴うセクハラも報告された[39][40][41][42][37]。セクハラは杉本が総務省からの出向で2004年から2007年まで県総務部長を務めた後、内閣参事官に就任した2007年7月頃に始まり、20年近く継続していたことが明らかとなった[4]。2026年1月7日、特別調査委員の河合健司は会見の場で、女性職員の「杉本氏からの謝罪は一切受けたくない、示談もしない、接触を断ちたい、受けた精神的苦痛は一生忘れることができない」との証言を代弁し、被害の甚大さを指摘した[41]。
冬の期末手当325万2000円は12月10日付で支給され、退職金6162万円は12月26日付で支給された[43]。報告書の公表後、50代の男性県職員は取材に応じ、満額支給されたことについて「普通の職員なら懲戒免職だ。県民としても納得がいかない」と批判した[44]。
同年1月9日、杉本は、朝日新聞社からの「退職金は返還しないのか」との質問に対する回答を書面で送付。「任期中の業務に対する対価」だと説明した[45]。公表されてから1月14日までの間に県への電話やメールは257件に上り、うち86件が退職金関連で「杉本氏は返還すべきだ」という内容だった[46]。
同年2月16日、福井県は、杉本が退職金6162万円のうち、1千万円を返還する意向を示していると明らかにした。県による実態調査にかかった費用に相当する[47]。
同年3月9日、新知事の石田嵩人は杉本と面会し、「調査費用を弁償したにすぎず、県民が納得できるものではない」などと訴えた。これに対し、杉本は「これ以上の返還を求めないことを条件」に、返還額を500万円増やす考えを表明したという。石田は10日に開かれた県議会ハラスメント対策特別委員会において「さらなる返還を求めることは法的に問題があり、県としては今般の回答を受けざるを得ないと考えている」と説明した[48]。県議会2月定例会では金額について県議らが「県民感情から到底納得できない」と批判したが、県側は上述の説明を行い、最終的に県議会側も容認した[49]。
3月18日、杉本による一連の問題を受け県議会は知事ら特別職も対象としたハラスメント防止条例案を全会一致で可決した。 また、特別職が在職期間中に懲戒免職または停職相当の不祥事を起こした場合、退職金の支給を制限できるとする条例改正案も可決した[50]。さらに20日、全庁的なハラスメント対策などにあたるため、県庁にコンプライアンス推進課が新設された[51][52]。
その他
職歴
- 1986年(昭和61年)4月:自治省(現総務省)入省[2]
- 1986年(昭和61年)7月:長野県地方課[55]
- 1987年(昭和62年)12月:自治省大臣官房総務課[55]
- 1990年(平成2年)4月:自治省税務局企画課[55]
- 1991年(平成3年)4月:徳島市財政部長[55]
- 1993年(平成5年)7月:国土庁過疎対策室課長補佐[55]
- 1995年(平成7年)4月:山形県商業経営課長[55]
- 1996年(平成8年)4月:山形県文化振興課長[55]
- 1998年(平成10年)4月:山形県財政課長[55]
- 1999年(平成11年)4月:自治省税務局固定資産税課課長補佐[55]
- 2000年(平成12年)12月:総務大臣秘書官[55]
- 2003年(平成15年)9月:総務省自治行政局行政課企画官[2]
- 2004年(平成16年)7月:福井県総務部長[2]
- 2007年(平成19年)7月:内閣参事官(内閣官房副長官補付)[2]
- 2010年(平成22年)7月:総務省自治税務局市町村税課長[2]
- 2013年(平成25年)7月:福井県副知事[2]
- 2016年(平成28年)6月:総務省消防庁国民保護・防災部長[2]
- 2018年(平成30年)7月:総務省公務員部長(同年11月退官)[2]
- 2019年(平成31年)4月:福井県知事(1期目)[2]
- 2023年(令和5年)4月:福井県知事(2期目)[2]
- 2025年(令和7年)12月4日:知事を辞職[15]
選挙歴
| 当落 | 選挙 | 執行日 | 年齢 | 選挙区 | 政党 | 得票数 | 得票率 | 定数 | 得票順位 /候補者数 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 当 | 2019年福井県知事選挙 | 2019年 4月 7日 | 56 | ーー | 無所属 | 22万0774票 | 59.29% | 1 | 1/3 |
| 当 | 2023年福井県知事選挙 | 2023年 4月 9日 | 60 | ーー | 無所属 | 28万2097票 | 89.59% | 1 | 1/2 |