村田和哉 (サッカー選手)

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カタカナ ムラタ カズヤ
ラテン文字 MURATA Kazuya
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1988-10-07) 1988年10月7日(36歳)
村田 和哉
名前
カタカナ ムラタ カズヤ
ラテン文字 MURATA Kazuya
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1988-10-07) 1988年10月7日(36歳)
出身地 滋賀県守山市[1]
身長 168cm
体重 62kg
選手情報
ポジション MF / FW
利き足 右足
ユース
2004-2006 日本の旗 野洲高校
2007-2010 日本の旗 大阪体育大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2011-2012 日本の旗 セレッソ大阪 19 (2)
2013-2018 日本の旗 清水エスパルス 129 (11)
2019-2020 日本の旗 柏レイソル 1 (0)
2019 日本の旗 アビスパ福岡 (loan) 4 (0)
2020 日本の旗 レノファ山口FC(loan) 13 (0)
通算 166 (13)
監督歴
2022- 日本の旗 ヴィアベンテン滋賀
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

村田 和哉(むらた かずや、1988年10月7日 - )は、滋賀県守山市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはミッドフィールダーフォワード

野洲高校では乾貴士田中雄大荒堀謙次らと同学年。3年時には第85回全国高校サッカー選手権に出場。大阪体育大学2年時には橋本和田所諒松尾元太らと共に、第32回総理大臣杯で全国制覇を果たしている。

2011年セレッソ大阪に入団[2]。2年間でリーグ戦19試合に出場したが、2013年シーズン前の契約更新にあたり、海外を含めた他クラブへの移籍を希望して契約を更新せず、2013年3月31日にC大阪の退団を発表[3]

2013年4月10日清水エスパルスへ加入[4]。2014年は主にスーパーサブとして流れを変える切り札として重宝された。先発起用は一度もなく挙げた得点も多くはなかったが、後半戦監督が大榎克己に交代し清水が降格圏に沈んでいた際には、決定的なプレーで幾度となくチームを救った。J1第31節川崎フロンターレ戦では、後半ロスタイムに値千金の決勝ゴールを決め、清水のJ1残留に貢献した。2016年シーズンのJ2降格後もチームに残留し主力としてプレーするが、2018年はリーグ戦7試合の出場にとどまった。

2019年、柏レイソルに完全移籍[5]。しかし、柏では出場機会に恵まれず、同年7月にアビスパ福岡に期限付き移籍[6]

2020年シーズンはレノファ山口FCへ期限付き移籍[7]。主にスーパーサブとして13試合に出場したが、同年末限りでの期限付き移籍満了[8]と柏との契約満了による退団[9]が発表された。

2021年2月22日、現役引退を発表[10]。滋賀県初のJリーグチームを作るため、運営会社「人生最幸」を設立した[11]。チーム名はインターネット上での公募を実施し、600件以上の応募があった結果、最終的にヴィアベンテン滋賀に決定した[12]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2007大体大26---2121
20088--3131
2010--2222
2011C大阪26J1611051122
20121317011212
2013清水352312020271
2014222933050373
2015111513010191
2016J2365-20385
2017J11905030270
2018716110142
201930J210200030
福岡2140-1050
2020山口8130--130
通算日本J1 112827118215711
日本J2 5452030595
日本 --7474
総通算 1661329128622320
国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
AFCACL
2011C大阪2610
通算AFC 10

選抜歴

  • 2009年 関西大学選抜
  • 2010年 関西大学選抜

タイトル

クラブ

大阪体育大学

脚注

関連項目

外部リンク

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