東都7人衆
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7人はいずれも2023年のプロ野球ドラフト会議において、1位での指名が見込まれた。各球団はドラフト会議の直前までどの選手を1位指名するかを熟考するほどであった[1]。
具体的には下記の選手である(氏名五十音順)。
10月26日にプロ野球ドラフト会議が行われ、全員が1位指名を受けた。指名先は以下の通り。
- 草加:中日ドラゴンズ(千葉ロッテマリーンズと競合、いずれも外れ1位)
- 下村:阪神タイガース
- 武内:埼玉西武ライオンズ(東京ヤクルトスワローズ・福岡ソフトバンクホークスと競合)
- 常廣:広島東洋カープ(東北楽天ゴールデンイーグルスと競合)
- 西舘(昂):東京ヤクルトスワローズ(外れ1位)
- 西舘(勇):東京読売ジャイアンツ(北海道日本ハムファイターズと競合)
- 細野:北海道日本ハムファイターズ(外れ外れ1位)
過去にも東都大学野球連盟から一度に複数の1位指名があったが、最多でも4人だったために、今回の7人という結果は史上最多となった[2]。全員が即戦力として期待された[3]。
11月21日に青山学院大学で東都リーグ優勝と明治神宮大会準優勝の報告会が行われたが、そこで下村は東都7人衆の筆頭格になることを誓い、東都出身の全員に勝ちたいという希望を述べた[4]。
2024年1月15日に細野が7人の中で最初にプロのブルペンに入った[5]。細野は持参したグローブの内側に「超下克上」と記し、その背景にはドラフト会議では外れ1位での指名で西舘(勇)らの後塵を拝したという事情があった[5]。
2024年2月のキャンプイン時に1軍帯同となったのは武内と西舘(勇)の2人だけだった[6]。他の5人は2軍スタートで、そのうち常廣は大学卒業に必要な単位取得に向けた試験勉強を優先させる特殊事情によるものだった[6]。
最終的に初年度に1軍公式戦出場を果たしたのは武内・常廣・西舘(勇)・細野の4人で[7][8][9][10]、このうち武内はパシフィック・リーグの新人王に選出された[11]。その一方で、草加・下村・西舘(昂)の3人はトミー・ジョン手術を受けたことにより一軍出場は無く、西舘(昂)はシーズンオフに育成契約を結んだ[12]。。
2025年は、1月に武内が自主トレ中に左肘内側側副靭帯の不全損傷と診断され[13]、シーズン中に復帰を果たすも、前年より成績が悪化。また、常廣も二軍で中々成績を残せず、シーズン初登板は8月までもつれ込んだ。一方で、細野はプロ初勝利を含む3勝を挙げた。また、草加が一軍初登板を果たした。
脚注
- ↑ 山口泰弘「【記者の目】ドラフト会議、〝東都7人衆〟など逸材ぞろいで1位公表4球団に」『サンケイスポーツ』2023年10月26日。2025年9月6日閲覧。
- ↑ “史上最多“東都7人衆”がドラフト1位を席巻! 戦国「東都」が、名門「東京六大学」を圧倒した理由(全文)”. デイリー新潮 (2023年10月31日). 2025年9月6日閲覧。
- ↑ 「「東都神7」は全員1位指名で確定 青学大・常広は広島、青学大・下村は阪神が一本釣り、中大・西舘は先輩・阿部監督の巨人」『中日スポーツ』2023年10月26日。2025年9月6日閲覧。
- ↑ 「【阪神】ドラフト1位・下村海翔 “東都7人衆”「投手みんなに勝ちたい」 悪夢の9球を成長の糧に」『スポーツ報知』2023年11月22日。2025年9月6日閲覧。
- 1 2 “【日本ハム】“東都7人衆”細野晴希ブルペン一番乗り、スマブラ流攻略でドラフト外れ外れ1位「超下剋上」へ”. パ・リーグ.com (2024年1月16日). 2025年9月6日閲覧。
- 1 2 “東都ドライチ7人衆でキャンプ1軍スタートは2人だけ 草加勝はキャンプ前にトミー・ジョン手術へ”. ココカラネクスト (2024年1月31日). 2025年9月6日閲覧。
- ↑ 個人年度別成績 武内夏暉 - 日本野球機構
- ↑ 個人年度別成績 常廣羽也斗 - 日本野球機構
- ↑ 個人年度別成績 西舘勇陽 - 日本野球機構
- ↑ 個人年度別成績 細野晴希 - 日本野球機構
- ↑ 「西武のルーキー・武内夏暉が新人王を受賞「新人王を目標にしていたので、それが叶って嬉しいです」」『BASEBALL KING』2024年11月26日。2025年9月6日閲覧。
- ↑ 「契約更改について」『東京ヤクルトスワローズ』2024年11月16日。2024年11月16日閲覧。
- ↑ 「西武・武内 左肘内側側副じん帯の「不全損傷」 試合復帰に約2カ月、開幕1軍は厳しい情勢に」『スポーツニッポン』2025年1月25日。2025年1月25日閲覧。