武内夏暉
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| 埼玉西武ライオンズ #21 | |
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2024年4月24日 京セラドーム大阪 | |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 出身地 | 福岡県北九州市八幡西区 |
| 生年月日 | 2001年7月21日(24歳) |
| 身長 体重 |
186 cm 96 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2023年 ドラフト1位 |
| 初出場 | 2024年4月3日 |
| 年俸 | 3850万円(2026年)[1] |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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武内 夏暉(たけうち なつき、2001年7月21日 - )は、福岡県北九州市八幡西区出身[2]のプロ野球選手(投手)。左投左打。埼玉西武ライオンズ所属。
プロ入り前

(2023年8月28日 東京ドーム)
北九州市立折尾東小学校で3年生の時に東筑ファイターズで野球を始める。当時のチームメイトには武藤敦貴がいた[3]。折尾愛真中学校では軟式野球部に所属していた[4]。
福岡県立八幡南高等学校に進学し、1年秋から一塁手でベンチ入り。2年春から投手に転向し、同年秋からエースを務めた[4]。高校時代は甲子園大会への出場はなく、3年夏は福岡大会3回戦で敗退した[4]。
高校卒業後は國學院大學に進学。2年秋に出場した明治神宮野球大会にて、九州産業大学との2回戦で公式戦初先発登板すると、8回二死までパーフェクトに抑える好投で無四球完封勝利を記録し、注目を集めた[5][6]。3年秋のリーグ戦では4勝0敗、防御率0.68を記録して優勝に貢献し、MVPを受賞した[5]。4年時の2023年には日米大学野球選手権大会の日本代表に選出された[7]。
2023年9月13日にプロ志望届を提出すると[8]、ドラフト会議前の10月24日に埼玉西武ライオンズ、25日に福岡ソフトバンクホークスが1位指名を公表[9][10]。迎えた26日のドラフト会議では公表通りの両球団と東京ヤクルトスワローズの合計3球団から1位指名を受け、抽選の結果西武が交渉権を獲得した[11]。11月16日に契約金1億円プラス出来高払い5000万円、年俸1600万円で仮契約を結んだ(金額は推定)[12]。背番号は18も候補として提示されたが、21を選択した[13]。担当スカウトは十亀剣[14]。
西武時代
2024年は春季キャンプをA班でスタートし[15]、オープン戦では2試合に登板[16][17]。開幕ローテーション入りを果たし、開幕5試合目のオリックス・バファローズ戦でプロ初登板初先発となり[18]、7回1安打2四球7奪三振無失点の好投[19]でプロ初勝利を挙げた[注 1]。続く4月10日の千葉ロッテマリーンズ戦でも勝敗こそ付かなかったが、7回2失点と好投[21]。ただ、週5試合が続く変則日程に加え[22]、右肩の張りで出遅れていた髙橋光成が復帰するチーム事情があり[23]、武内は翌11日に出場選手登録を抹消された[24]。4月24日のオリックス戦に先発して[25]以降は先発ローテーションの一角を担い、5月19日の福岡ソフトバンクホークス戦では完封をかけ、志願して9回裏のマウンドに上がったが、投球練習時に左もも裏を攣り、先頭打者に安打を許した直後に牽制球を投じたところで緊急降板[26]。後を受けたアルバート・アブレイユが逆転サヨナラを許し、武内は8回0/3を1失点で勝敗は付かなかった[27]。翌20日に登板間隔を空ける目的で出場選手登録を抹消されたものの[28]、5月30日の中日ドラゴンズ戦に先発し、6回途中無失点で無傷のシーズン4勝目[29]。5月は4試合の先発登板でリーグトップタイの3勝(0敗)、リーグトップの防御率0.63と好成績を収め[30]、自身初の月間MVPを受賞した[注 2]。ただ、6月3日の練習後に発熱し、新型コロナウイルス感染が確認されたため、翌4日にNPB感染症特例で登録抹消となり[32]、6月19日の二軍戦で実戦復帰[33]。同26日の北海道日本ハムファイターズ戦で一軍復帰を果たすと[34]、7月4日のソフトバンク戦では8回無失点と好投し、開幕から無傷の5連勝を記録した[35]。ただ、同12日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦では2-2とチームが同点に追いついた直後の7回裏[36]、先頭打者の浅村栄斗に決勝のソロ本塁打[37]を被弾し、7回3失点でプロ初黒星を喫した[36][38]。後半戦は登録抹消されることなく先発ローテーションを回ったが、8月は2試合連続6失点があったなど[39]月間防御率4.88、9月8日のソフトバンク戦で自身4連敗と苦戦が続いた[40]。ただ、続く同16日のロッテ戦では8回無死まで完全投球を続け[41]、9回3安打1四球6奪三振無失点[42]の好投でプロ初完投初完封勝利[43]。ルーキーイヤーは一軍で規定投球回に到達し、21試合の先発登板で10勝6敗・防御率2.17と好成績を収め[44][注 3]、新人王を受賞した[46]。オフに2900万円増となる推定年俸4500万円で契約を更改した[47]。
選手としての特徴
| 球種 | 配分 % | 平均球速 km/h | 被打率 |
|---|---|---|---|
| ストレート | 46.5 | 145.8 | .235 |
| ツーシーム | 20.8 | 137.9 | .205 |
| カーブ | 13.7 | 117.8 | .226 |
| チェンジアップ | 11.1 | 128.6 | .222 |
| スライダー | 7.8 | 129.1 | .226 |
| カットボール | 0.2 | 136.0 | .333 |
持ち球は最速154km/h[50]のストレート、2種類のツーシーム、カーブ、チェンジアップ、スライダー、フォーク、カットボール[51]。本人が「自分の強みはコントロール。特に左打者のインコースへの制球は負けない」と話した[52]左打者の内角を突ける[53]コントロールが最大の武器である左腕[54]。
テイクバックで左腕が見えなくなるという、タイミングを取りづらい投球フォーム[53]から多彩な球種をコントロールよく投げ込み、打者を打ち取る投球スタイルである[55]。
| 映像外部リンク | |
|---|---|
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(パーソル パ・リーグTV公式)PacificLeagueTV 2025年1月11日公開 |
牽制については「大学の時から得意でした」と本人は語り[56]、2024年シーズン(ルーキーイヤー)では両リーグ最多となる5牽制刺を記録した[57]。
人物
詳細情報
年度別投手成績
| 年 度 | 球 団 | 登 板 | 先 発 | 完 投 | 完 封 | 無 四 球 | 勝 利 | 敗 戦 | セ 丨 ブ | ホ 丨 ル ド | 勝 率 | 打 者 | 投 球 回 | 被 安 打 | 被 本 塁 打 | 与 四 球 | 敬 遠 | 与 死 球 | 奪 三 振 | 暴 投 | ボ 丨 ク | 失 点 | 自 責 点 | 防 御 率 | W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2024 | 西武 | 21 | 21 | 1 | 1 | 0 | 10 | 6 | 0 | 0 | .625 | 568 | 145.1 | 120 | 6 | 22 | 0 | 3 | 107 | 2 | 2 | 39 | 35 | 2.17 | 0.98 |
| 2025 | 12 | 12 | 0 | 0 | 0 | 4 | 5 | 0 | 0 | .444 | 276 | 63.1 | 70 | 6 | 19 | 1 | 3 | 46 | 1 | 0 | 40 | 37 | 5.26 | 1.41 | |
| 通算:2年 | 33 | 33 | 1 | 1 | 0 | 14 | 11 | 0 | 0 | .560 | 844 | 208.2 | 190 | 12 | 41 | 1 | 6 | 153 | 3 | 2 | 79 | 72 | 3.11 | 1.11 | |
- 2025年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
年度別守備成績
| 年 度 | 球 団 | 投手 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試 合 | 刺 殺 | 補 殺 | 失 策 | 併 殺 | 守 備 率 | ||
| 2024 | 西武 | 21 | 4 | 25 | 2 | 1 | .935 |
| 2025 | 12 | 2 | 5 | 0 | 0 | 1.000 | |
| 通算 | 33 | 6 | 30 | 2 | 1 | .947 | |
- 2025年度シーズン終了時
表彰
記録
- 初記録
- 投手記録
- 初登板・初先発登板・初勝利・初先発勝利:2024年4月3日、対オリックス・バファローズ2回戦(ベルーナドーム)、7回無失点(被安打1、奪三振7、四球2)[19]
- 初奪三振:同上、1回表に杉本裕太郎から見逃し三振[61]
- 初完投・初完投勝利・初完封勝利:2024年9月16日、対千葉ロッテマリーンズ21回戦(ベルーナドーム)、9回無失点(被安打3、奪三振6、四球1)[42]
- 打撃記録
- 初打席:2024年5月30日、対中日ドラゴンズ3回戦(バンテリンドーム ナゴヤ)、2回表に柳裕也から見逃し三振
- 初打点:2025年6月22日、対読売ジャイアンツ3回戦(東京ドーム)、2回表に戸郷翔征から右犠飛[62]
背番号
- 21(2024年[13] - )