松商学園高等学校
長野県松本市にある高等学校
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概要
略称は「松商」(まつしょう・まっしょう)、文化祭は「松商祭」。
1898年に起源となった私塾「私立戊戌学会」が創立され、1948年から校名を現在の松商学園高等学校とした。 戦前は主に片倉財閥が学校経営を担い、戦後は卒業生により構成された校友会が経営を担う。戦前からの古い木造校舎なども残り、国の登録有形文化財に登録されている。普通科と商業科を設置し、国公立大学への進学実績や全国レベルの部活動、実社会で活きる実践的な資格取得指導に力を入れている。
2024年度よりSSH(スーパーサイエンスハイスクール)指定校として認定を受け、理数系分野と文系分野を横断し、生徒の主体的な課題発見・思考・解決を通した人材育成プログラムの研究開発を目的に、建学の精神である「自主独立」を核として、生徒の好奇心や自主性を育みながら、探究心の育成、データ社会・グローバル社会への理解促進、自立したキャリア観の醸成という4つの独自テーマのもと、実践的な学びを通して次世代を担う人材の育成を目指している。
2025年4月、同一法人が運営する松本大学の新村キャンパス内に通信制課程(普通科・狭域性)を設置し、高大連携による大学との交流やICT環境を活用、また専任のキャリアカウンセラーや担任制によるきめ細かな指導で卒業後の進路実現を重視した教育活動を行っている。
キャリアサポートセンターや、MBC(松商学園校友会ビジネスコミュニティ)を開設し、卒業生同士の交流や卒業後の就職支援、地域に根ざした学校づくりにも力を入れている。
建学の精神
「自主独立」 自主独立の人とは常に考え続けて行動し自分の能力と可能性を信じて品性を磨き保ち続けていける人のことをいう。
明治期の実業家・教育家であった木澤鶴人は、福沢諭吉が創設した慶應義塾に学び、故郷の松本で実業教育を実践すべく、明治31年(1898年) に「戊戌学会」を設立。戦前には、松本戊戌商業学校へ、さらには松本商業学校へと発展し、戦後になって松商学園として再スタートを切った。この時、松商学園は、中学と高校を併設する学校法人となる。学園の創始者である木澤が「戊戌学会」を創設したときに掲げたのが「自主独立」であり、以来、松商学園は、一貫して「自主独立」を建学の精神としてきた。 松商学園高等学校では、「目標、理念を持って総合的教育力の向上を図る教育活動を通して豊かな人格の形成を図りつつ、知性・学力の向上に努め、「自主独立」の精神溢れ、将来社会に貢献し、リーダーとなる人間を育成すること」をその目標としている。
設置学科
- 商業科
- 会計ファイナンスコース
- ITメディアコース
- 経営マネジメントコース
- 普通科
- 特進コース
- 文理コース
- 総合コース
- 通信制課程・普通科
- 標準コース
- 集中コース
沿革
- 1898年8月 - 木澤鶴人が松本市上土町(大手4丁目)に私立戊戌学会を創立。
- 1900年4月 - 文部省令実業学校規定による私立松本戊戌学校に改め、財団法人とし通年制にする[1]。
- 1902年9月 - 松本戊戌商業学校と改称[1]。
- 1911年10月 - 片倉財閥の今井五介の支援により経営難から脱却し、校名を松本商業学校と改称。
- 1913年6月 - 松本市埋橋に校舎を新築し移転[1]。
- 1936年2月 - 松本市大字筑摩県町(県3丁目)に校舎を新築。
- 1944年4月 - 戦時措置に伴い、商業学校としては閉鎖され「明道工業学校」(機械科、金属工業科)に転換[2]。
- 1946年1月 - 明道工業学校廃止。
- 1947年3月 -財閥解体・公職追放に伴い、学校経営が片倉財閥から、卒業生で構成される校友会へと移行。
- 1948年3月 - 新学制により松商学園高等学校と改名。定時制を併設。
- 1970年3月 - 定時制廃止。
- 2008年1月 - 韓国釜山市の釜慶高校と提携。
- 2009年 - 中校舎完成。
- 2011年 - キャリアサポートセンター設置。本館・講堂・柔剣道場が国の登録有形文化財指定。
- 2013年 - 源智寮開設。硬式野球部創部100周年記念講演会開催(講師は王貞治氏)。
- 2018年 - 商業科を会計ファイナンスコース、ITメディアコース、経営マネジメントコースに再編
- 2022年 - 普通科を総合コース、文理コース、特進コースの名称とし、文理コースの2,3年次に文Ⅰ系、文Ⅱ系、理系の類型を設定。スポーツセンター開設。新教科「情報」に対応した『松商Lab』(新情報科教室)の設備整備。
- 2023年 - IR(Institutional Research)室を設置、SSH推進センターを設置
- 2024年 - 文部科学省よりスーパーサイエンスハイスクール(文理融合基礎枠開発型)に指定
- 2025年 - 通信制課程(狭域制・普通科)を設置
部活動
- 運動部 - ★硬式野球、★軟式野球、★男子バレーボール、★女子バレーボール、★男子バスケットボール、女子バスケットボール、★サッカー(男子)、★テニス、★ソフトテニス(女子)、★卓球、★柔道(女子)、剣道、弓道、陸上競技、トワリングバトン、バドミントン、空手道、ウエイトリフティング
- 学芸部 - ビジネス情報技術、放送、吹奏楽、新聞、書道、コンピューター、茶道、棋道、写真、箏曲、インターアクトクラブ
- 同好会 - 軽音楽、環境自然学習会、ハングル、漫画アニメーション、美術、科学、ダンス、英語
★は特待生対象クラブ[3]。
特に硬式野球部は特に夏の甲子園出場については全国でも北海高等学校に次ぐ39回出場。2021年夏(第103回)で勝利を収めたことにより、「大正」「昭和」「平成」「令和」の甲子園大会における史上初の「4元号勝利」を記録した。複数の競技で全国高校総体 、春の高校バレー、全国高等学校サッカー選手権大会、ウィンターカップ、NHK杯全国高校放送コンテストなど全国大会にも多く出場している。空手道部は内閣総理大臣杯全国空手道選手権大会で全国優勝した経験がある。
硬式野球部

- 夏の甲子園出場 39回
- 1922年(第8回) - ベスト4
- 1924年(第10回) - 準優勝
- 1927年(第13回) - ベスト4
- 1928年(第14回) - 優勝
- 1940年(第26回) - ベスト4
- 1991年(第73回) - ベスト8
- 春の甲子園出場 16回
その他、1985年に明治神宮大会、1991年に国体で優勝している。また、中島治康、上田佳範、直江大輔、田中健太郎など12人のプロ野球選手を輩出している。
サッカー部
- 全国高校サッカー出場 13回
- 全国高等学校総合体育大会サッカー競技大会 出場 15回
平成以降、サッカー部も全国大会の常連となり、今までにJリーガー2人を輩出している。高橋義希はサガン鳥栖にてチーム史上最年少のキャプテンとして活躍。U-20日本代表としてトゥーロン国際大会にも参加。
第92回全国高校サッカー選手権大会(2013年度)で、1回戦・2回戦に勝ち県勢として7年ぶりに16強入りしたが、3回戦で敗れた。県勢の1回戦突破は5年ぶり、松商学園としては17年ぶりだった[4]。
松本山雅FC
松本地域のユース年代のサッカー環境の充実や人材育成、スポーツ教育の充実を目的として、地元のプロサッカークラブであり Jリーグに所属する松本山雅FCと連携協定を締結している。松本山雅FCより松商学園サッカー部への指導者の派遣をする一方で、多くの松本山雅FC U-18に所属する選手が松商学園に通学し、大会派遣や学校生活指導、進路指導などを連携してサポートしている。小松蓮、樋口大輝、田中想来など松本山雅FC U-18出身のJリーガーが多く同校を卒業している。
男子バレーボール部
女子バレーボール部
- 春の高校バレー出場 16回
- 高校総体出場 15回
校章
ギリシャ神話に由来し、商業の神・ヘルメスを象徴する「羽」と「二匹のヘビ」、そして松商の「松」の文字が図案化されている。
校歌
出身者
系列校
関連項目
- 長野県高等学校一覧
- 旧制中等教育学校の一覧 (長野県)
- 日本の商業に関する学科設置高等学校一覧
- 長野雅弘 - 2021年から校長を務める
