根津財閥
From Wikipedia, the free encyclopedia
根津はまず、いわゆる甲州財閥の先駆者と言える若尾逸平に株式投資を学び[7]、若尾らによる東京電燈[8]の買収に参画した。また雨宮敬次郎からは事業を行う必要性を学び[9]、東京の市内鉄道合同に際しては東京市街鉄道、東京鉄道の取締役などを務めた[10]。また甲州系とは異なる人脈で、1898年(明治31年)には徴兵保険の発起人となり開業当初は専務取締役を務めた[11]。
これらの経験を経て根津は1905年(明治38年)に、不振にあえぐ東武鉄道を買収。これが根津財閥の中核を成す事業と考えられている[12]。また1907年(明治40年)には高野登山鉄道を設立するなど鉄道分野に積極投資し、鉄道王と呼ばれるまでになった。さらに1923年(大正12年)に富国徴兵保険設立、太平生命保険を買収し、根津財閥の二本柱[13][14]と言える鉄道・保険が根津の支配下となった。これに先立つ1920年(大正9年)、資産管理会社である根津合名会社を設立した[15]が、これは根津財閥を構成する企業への組織的統制機能を持ったものではなかったと考えられている[16]。
根津財閥は鉄道・保険とその他の事業に分類されると考えられ[17][7]、その他の事業としては1906年(明治39年)に丸三麦酒を買収[18]、同年に正田貞一郎の要請により館林製粉に出資・社長に就任するなど、既存企業の買収を中心に拡大を行った。
発展
解体
関係の深い企業
鉄道業
- 東武鉄道 [1]
- 房総鉄道 → 官営鉄道が買収 [1]
- 大湯鉄道 → 官営鉄道が買収 [1]
- 宇和島鉄道 → 官営鉄道が買収(予土線)[1]
- 横浜鉄道 → 官営鉄道が買収[1]
- 高野大師鉄道 → 南海電気鉄道 [1]
- 東京地下鉄道 → 営団地下鉄[1] → 東京地下鉄(東京メトロ)
- 大社宮島鉄道[1] → 一畑電気鉄道立久恵線(廃止)
- 武蔵電気鉄道 [1] → 東京横浜電鉄(のちに東急電鉄となる)
- 東京成芝電気鉄道 - 東急電鉄と組んで、京成電鉄をけん制する目的で東京~成田間の免許を取得するが、戦災の影響で頓挫。
製造業
- 館林製粉 → 日清製粉 → 日清製粉グループ本社 [1]
- 東京紡績,日清紡績 → 日清紡ホールディングス[1]
- 日本第一麦酒 → 日本麦酒鑛泉[1][25] → 大日本麦酒 → 後のサッポロビール、アサヒビール [1]
- 日本精工
- 日本化学工業 [26]
- 富国セメント[1] → 住友セメント → 住友大阪セメント
- 磐城セメント[1] → 住友セメント → 住友大阪セメント
- 帝国肥料[1] → 大日本人造肥料(現・日産化学)
- 日本耐火煉瓦[1] → 加藤煉瓦製造所
- 巴石油 [1]
金融業
- 有信銀行 → 山梨中央銀行[1]
- 太平洋生命保険 → 日産生命保険 [1] → あおば生命 → プルデンシャル生命に合流
- 富国徴兵保険 → 富国生命保険[1]
- 昭和火災 [1] → 日産火災と合併、損保ジャパンに合流。
- 帝国火災保険 [1] → 日本火災に合流、日本興亜損保を経て損保ジャパンに吸収される。ちなみに類似社名の損保、帝国海上保険も安田火災を経て損保ジャパンとなり、帝国を冠する損保はすべて損保ジャパンとなった。