森下重好

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 1920年4月12日
没年月日 (2000-07-16) 2000年7月16日(80歳没)
森下 重好
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 兵庫県西宮市
生年月日 1920年4月12日
没年月日 (2000-07-16) 2000年7月16日(80歳没)
身長
体重
176 cm
71 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 1946年
初出場 1946年4月27日
最終出場 1955年10月8日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

森下 重好(もりした しげよし、1920年4月12日 - 2000年7月16日)は兵庫県出身のプロ野球選手。ポジションは外野手

1946年法政大学からパシフィックへ入団。1947年には戦後初の1試合3本塁打を記録するなど、好調時の長打力は当時としては有数で「固め打ち」の名手と謳われた。その後、後身の大陽ロビンスを法大の先輩・田川豊と共に退団し、法政大学野球部の恩師だった藤田省三(近鉄初代監督)を慕って近鉄パールスの設立に参加。

近鉄初代4番打者として、初回にチーム初得点となるタイムリーを挙げた[1]。この年は本塁打王となった別当薫の43本塁打に次ぐ30本塁打を記録。移籍2年目の1951年には、日本プロ野球史上初の開幕3打席連続本塁打も達成した。

詳細情報

脚注

関連項目

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