植野貴也

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国籍 日本の旗 日本
出身地 千葉県
生年月日 (1975-07-01) 1975年7月1日(50歳)
身長 154cm
植野貴也
2017年京都ジャンプステークス
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 千葉県
生年月日 (1975-07-01) 1975年7月1日(50歳)
身長 154cm
体重 52.0kg
血液型 O型
騎手情報
所属団体 JRA
所属厩舎 栗東・梅内忍(1994 - 1998)
栗東・佐藤正雄(1998 - 2000.2.29)
栗東・フリー(2000.3.1 - 2022.12.31)
初免許年 1994年
免許区分 障害[1]
騎手引退日 2022年12月31日
重賞勝利 6勝
通算勝利 平地2152戦107勝
障害1354戦135勝
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植野 貴也(うえの たかや、1975年7月1日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) 栗東トレーニングセンター所属の元騎手で現在は調教助手

1994年競馬学校10期生、梅内忍厩舎所属騎手としてデビュー。同期には幸英明渡辺薫彦吉田豊などがいる。

騎手デビュー初日となった3月5日のゆきやなぎ賞でバンブーユージンに騎乗し、初勝利を特別戦で飾る。3戦目の特別競走勝利はJRA新記録(のちに三浦皇成も達成している)であった。

初年度に15勝を挙げた植野は5年連続で勝利数2桁台をキープ。1998年にはジムカーナとのコンビでJRA・GI競走初騎乗を記録したほか、多くの平地重賞レースへの騎乗も果たしたが、これ以降平地競走に於いては特筆すべき騎乗馬はなく、平地騎乗数が減少し始めた1998年より障害競走にも騎乗をはじめ、以後は障害競走を中心に騎乗している。1999年7月18日小倉サマージャンプロングイカロスに騎乗し、重賞初勝利を挙げるとともに100勝を達成した。

2011年以降は平地免許を取得せず、引退時まで障害免許のみ更新を続けていた。

2009年には阪神ジャンプステークスマヤノスターダムに騎乗し10年振りの重賞2勝目を挙げた。

2012年には京都ジャンプステークスマサノブルースに騎乗しマヤノスターダム以来3年振り重賞3勝目を挙げた。2016年にJRA通算200勝を達成。同年の新潟ジャンプステークスでタイセイドリームに騎乗し重賞4勝目を挙げた。

2022年12月31日をもって騎手を引退し、中竹和也厩舎の調教助手となることが発表された[2][3]

エピソード

プライベートでは、マジックを趣味にしており、藤田伸二は「凄腕マジシャン」とその腕前を評している[4]

騎乗成績

脚注

関連項目

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