幸英明

From Wikipedia, the free encyclopedia

国籍 日本の旗 日本
出身地 鹿児島県[1]
生年月日 (1976-01-12) 1976年1月12日(50歳)[1]
身長 167 cm[1]
幸英明
第59回七夕賞優勝時
(2023年7月9日)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 鹿児島県[1]
生年月日 (1976-01-12) 1976年1月12日(50歳)[1]
身長 167 cm[1]
体重 50 kg[1]
血液型 A型[1]
騎手情報
所属団体 JRA
所属厩舎 フリー[1]
初免許年 1994年[1]
免許区分 平地[2]
重賞勝利 88勝(中央50勝、地方38勝)
G1級勝利 24勝(中央8勝、地方16勝)
通算勝利 25051戦1751勝(中央)
531戦111勝(地方)
テンプレートを表示

幸 英明(みゆき ひであき、1976年1月12日[1] - )は、日本中央競馬会(JRA)に所属する騎手である。1994年に騎手免許を取得し中央競馬の騎手となる。2003年にはスティルインラブに騎乗し桜花賞優駿牝馬(オークス)秋華賞牝馬三冠で勝利を挙げた。2009年には、JRA史上初となる年間騎乗回数1,000回を達成。2022年終了時点におけるJRA年間騎乗回数の最多記録保持者である(1,081回/2012年)。

人間関係

神奈川県横浜市生、鹿児島県鹿屋市で育つ。実家の近くに競走馬の生産牧場があったものの競馬とはほぼ無縁の生活だったが、中学3年生の時に「体が小さいので」と勧められて騎手を目指す[3][4]

渡辺薫彦吉田豊らと共に競馬学校の10期として入学[5]、馬に乗ったのは入学後が初めてだった[4]。1994年に騎手免許を取得し谷八郎厩舎に所属した[6]。デビュー年には23勝を挙げ、翌1995年には天皇賞・春GI初騎乗を果たした[6]

1997年3月15日、中京競馬第3競走においてJRA通算100勝を達成。その後もコンスタントに好成績を残し、関西リーディングの上位に名前を連ねるようになる。

2003年にはスティルインラブに騎乗し桜花賞を勝利、GI初勝利を達成した。この年、同馬とのコンビで、オークス秋華賞も制し、メジロラモーヌ以来2頭目の牝馬三冠を達成した[3]

2008年3月30日、第38回高松宮記念ファイングレインで制覇し、4年6か月ぶりに中央競馬のGIレースでの勝利をあげた。

2009年5月9日、京都競馬第11競走で史上17人目の通算1万回騎乗を達成。デビューから15年2か月5日、33歳3か月28日での達成は武豊に次いで史上2番目のスピード・年少記録である[7]

2009年には年間騎乗回数が968回に達し、それまで岩田康誠が保持していたJRA年間最多騎乗回数記録952を上回った。ただしこの年は、内田博幸が幸の記録を上回る騎乗回数975を達成し、記録樹立とはならなかった[8]

2010年5月22日、京都競馬第4競走で、デビューから16年2か月18日で通算1万1000回騎乗を達成した。これは当時のJRA史上最速・最年少記録であった[注 1]。またこのレースを勝利し、JRA通算800勝も同時に達成した(騎乗馬・ニホンピロアワーズ)。同年には年間騎乗数が1008に達し、前年に内田博幸が達成したJRA年間最多騎乗記録を更新[9]、JRA史上初の年間1000回騎乗を達成した[10]

2011年6月12日、阪神競馬第3競走で通算1万2000回騎乗。デビューから17年3か月8日、35歳5か月1日での達成はJRA史上最速・最年少記録[11]

2012年12月8日、阪神競馬第2競走でJRA年間騎乗回数1009回になり自身の持つ中央競馬記録を更新(騎乗馬・タニノセレナーデ・4着)[12][13]。この年は最終的に年間騎乗回数が1081回となり、これは2022年終了時点におけるJRA年間騎乗回数の最多記録である。

2013年7月20日、中京競馬第3競走をテイエムヒーローで勝利して史上27人目のJRA通算1000勝を達成した[14]

2014年12月7日、ジャパンカップダートから名称が変更された第15回チャンピオンズカップにて、ホッコータルマエに騎乗して優勝し、中央ダートGIを初制覇。

また地方競馬でもブルーコンコルドとのコンビで活躍し、JBCスプリント連覇(2005年・2006年。ただし2006年はコース(川崎競馬場)の都合によりJBCマイルとして行われた)、マイルチャンピオンシップ南部杯3連覇(2006年 - 2008年)、東京大賞典(2006年)、かしわ記念(2007年)を勝ち、ダートGI・JpnI計7勝をあげた[15]。東京大賞典では2013・2014年にホッコータルマエで連覇[16]

2019年12月8日、阪神競馬第11競走(阪神ジュベナイルフィリーズ)で、JRA史上4人目となる通算20,000回騎乗。デビューから25年9か月4日、43歳10か月27日での達成は、武豊の記録(29年6か月4日、47歳5か月21日)を超えるJRA史上最速・最年少記録となった[17]

2021年1月16日、中京競馬第8競走で、JRA史上4人目の通算2万1000回騎乗を達成。26年10か月12日、45歳0か月5日での達成は、20,000回に続いて武豊の記録(31年1か月8日、49歳0か月25日)を超えるJRA史上最速・最年少記録となった[18]。同年5月16日、中京競馬第2競走をタイスケフェイスで勝利して史上18人目のJRA通算1500勝を達成した[19]

2021年12月26日、同年11月のエリザベス女王杯を自身の鞍上のもと制したアカイイトと再びコンビを組み、第66回有馬記念で騎乗。結果は7着であった。なお、幸にとってこのレースが初の有馬記念参戦となった[20]

2022年3月5日、阪神競馬第8競走でサトノルーチェに騎乗して史上2人目となるJRA通算2万2000回騎乗を達成した。デビューから28年0か月1日・46歳1か月22日での達成は武豊の記録(32年9か月1日・50歳8か月17日)を抜いて史上最速・史上最年少記録となった[21]。同年11月20日、阪神2Rでウイニンググレイスが1着となり、JRA史上16人目、現役では9人目となるJRA通算1600勝を達成した[22]

2023年5月13日、京都競馬第12競走でルアルに騎乗したことで史上2人目、現役2人目のJRA通算2万3000回騎乗を達成した。デビューから29年2か月9日、47歳4か月2日での達成は武豊の記録(34年5か月7日、52歳4か月24日)を更新する史上最速および最年少記録となった[23]

2024年8月10日、中京競馬第3競走でエデュースに騎乗して現役2人目のJRA通算2万4000回騎乗を達成した。デビューから30年5か月6日、48歳6か月30日での達成は、武豊の記録(36年1か月8日、54歳0か月25日)を更新する史上最速、最年少記録となった[24]。同年12月21日、京都競馬第6競走でトウタツに騎乗して1着となり、史上16人目、現役7人目となるJRA通算1700勝を達成した[25]

2025年8月9日、中京競馬第4競走の馬場入場後に落馬し右足踵骨を骨折したため休養。同年11月8日に復帰したが[26]、その2週間後の11月22日、京都競馬第3競走で再び落馬負傷して休養となり、予定していたジャパンカップでのセイウンハーデス騎乗も騎手変更になった。診断の結果、両側多発肋骨骨折、右鎖骨骨幹部骨折、腰椎横突起骨折、左足関節果部骨折、左肺挫傷・多発外傷性肺嚢胞、左外傷性血気胸・緊張性気胸と複数の負傷が判明し、長期間の療養を余儀なくされた。本人が後に明かしたところによれば、肋骨10本を骨折してそのうちの3本が肺に刺さり、肺が心臓を押圧している状態で、生命の危険もあった状態で搬送されたとされる[27][28]

2026年1月28日から調教騎乗を再開[29]。同月31日、京都3Rで戦線復帰し、ワイドシャッフエンに騎乗すると9番人気ながら5着とすると[30]、同日の京都7Rでソルチェリアに騎乗し1着となり、復帰後初勝利を挙げた[31]。2月22日、阪神競馬第5競走でスリーロンドンに騎乗し史上2人目・現役2人目のJRA通算2万5000回騎乗を達成。デビューから31年11か月18日、50歳1か月11日での達成は、これまでの武豊騎手の記録(デビューから38年0か月22日、56歳0か月8日)を更新する史上最速、最年少記録となった[32]。3月23日、愛知杯アイサンサンで制し、史上37人目・現役13人目となるJRA重賞50勝を達成[33]

田島良保田原成貴らが騎手としての兄弟子の間柄にあたる[34]。特に田原は自らが騎乗していた馬の騎乗機会を幸に譲るなど世話を焼き、後に田原が調教師に転身した時も、幸を主戦騎手として扱った[6]

主な騎乗馬

2003年桜花賞(騎乗馬スティルインラブ

太字はGI級競走

騎乗成績

日付 競馬場・開催 競走名馬名 頭数 人気 着順

初騎乗1994年3月5日 4回小倉2日11R 4歳以上500万下シャイニングベル 13頭 3 6着
初勝利1994年4月10日 6回京都7日11R 4歳以上500万下シャイニングベル 16頭 7 1着
重賞初騎乗 1994年8月14日 4回小倉2日11R 小倉記念 カシワズスポート 8頭 8 8着
重賞初勝利 1998年11月28日 6回京都7日11R 京阪杯 ブラボーグリーン 11頭 2 1着
GI初騎乗 1995年4月23日 5回京都2日10R 天皇賞(春) クリスタルケイ 18頭 13 14着
GI初勝利 2003年4月13日 2回阪神6日11R 桜花賞 スティルインラブ 18頭 2 1着

初騎乗1994年6月25日 2回中京3日5R 障害4歳以上未勝利トレンザ 10頭 7 2着
初勝利1995年3月19日 3回京都8日 障害4歳以上未勝利ロングドリーム 8頭 2 1着
年度1着2着3着騎乗数勝率連対率複勝率 表彰
1994年232627329.070.149.231
1995年274037440.061.152.236
1996年393050451.086.153.264 フェアプレー賞
1997年424348490.086.173.271
1998年505340507.099.203.282
1999年374339452.082.177.263
2000年615678593.103.197.329 フェアプレー賞
2001年524652659.079.149.228
2002年486746660.073.174.244
2003年767153729.104.202.274
2004年528168803.065.166.250 フェアプレー賞
2005年505573839.060.125.212
2006年576170863.066.137.218
2007年557061892.062.140.209
2008年604968939.064.116.188
2009年526971968.054.125.198
2010年6077891008.060.136.224
2011年556980932.059.133.219
2012年7582811081.069.145.220 関西競馬記者クラブ賞特別賞
2013年637192963.065.139.235
2014年626878939.066.138.222 中京競馬記者クラブ賞
2015年6479691023.063.140.207
2016年 54 67 79 862 .063 .140 .232
2017年 65 77 75 1016 .064 .140 .214 中京競馬記者クラブ賞
2018年 61 53 63 844 .072 .135 .210
2019年 61 60 74 762 .080 .159 .256 フェアプレー賞
2020年 65 82 74 907 .072 .162 .244
2021年 81 73 80 884 .092 .174 .265
2022年 58 56 69 851 .068 .134 .215
2023年 49 50 67 749 .065 .132 .222
2024年 44 55 66 840 .052 .118 .196
2025年 40 38 35 578 .069 .135 .196
中央 1742 1926 2059 24938 .070 .147 .230
地方 111 87 84 531 .209 .373 .533
海外 0 1 0 5 .000 .200 .200

通算勝利記録

  • 通算100勝 1997年3月15日中京3R サラ4歳未勝利・サンエムショウリ
  • 通算200勝 1999年5月22日中京9R サラ4歳500万下・エイシンウォーレン
  • 通算300勝 2001年6月23日阪神10R 皆生特別・サイレントクルーズ
  • 通算400勝 2003年4月12日中山10R 安房特別・ケイエスブリザード
  • 通算500勝 2004年10月31日京都3R サラ2歳新馬・アドマイヤキラメキ
  • 通算600勝 2006年9月3日小倉5R サラ3歳未勝利・ケイエスゴーウェイ
  • 通算700勝 2008年7月12日阪神11R 三田特別・ミッキーチアフル
  • 通算800勝 2010年5月22日京都4R サラ3歳未勝利・ニホンピロアワーズ
  • 通算900勝 2012年1月21日小倉2R サラ3歳未勝利・トウショウクルス
  • 通算1000勝 2013年7月20日中京3R サラ3歳未勝利・テイエムヒーロー
  • 通算1100勝 2015年1月11日京都5R サラ3歳未勝利・ラクアミ
  • 通算1200勝 2016年11月5日京都2R サラ2歳未勝利・ハイパーノヴァ
  • 通算1300勝 2018年4月28日京都6R サラ3歳500万下・イエローマリンバ
  • 通算1400勝 2019年12月15日阪神1R 2歳未勝利・テンテキセンセキ
  • 通算1500勝 2021年5月16日中京2R 3歳未勝利・タイスケフェイス
  • 通算1600勝 2022年11月20日阪神2R 2歳未勝利・ウイニンググレイス
  • 通算1700勝 2024年12月21日京都6R 2歳新馬・トウタツ

参照:JRA騎手名鑑[40][41]、地方競馬予想のウマニティ[42]、競馬ラボ

海外での騎乗成績

騎乗日 レース名 距離 馬名 着順
2013年3月30日 アラブ首長国連邦の旗UAEダービー ダート1900m ケイアイレオーネ 10着
2014年3月29日 アラブ首長国連邦の旗ドバイワールドカップ ダート2000m ホッコータルマエ 9着
2015年3月28日 5着
2016年3月26日 16着
2022年9月4日 大韓民国の旗コリアスプリント ダート1200m ラプタス 2着

エピソード

  • 騎手界きってのゴルフ好きで、20歳くらいの時から始めている[43]。滋賀県アマチュアゴルフ選手権競技では準優勝した経歴も有する[44]。ベストスコアは66[45]
  • ジャンルを問わず菓子、とくにチョコレートが大好物であり「お菓子がないと生きていけない」とのこと[46]。毎週大量の菓子を調整ルームに持ち込み[注 2]、日曜日には全て平らげてしまう程である。江崎グリコビスコが好きでSNSのプロフィール画面の背景としている[45]
  • 競馬場で他の騎手や調教師の記念写真が撮影される際に幸が一緒に写っていることが多い。これは自身の記念撮影のときに後輩の池添謙一が一緒に写って祝ってくれたことがとても嬉しかったからだという[4]。さらに「人が幸せな時に僻んだり、妬んだりせず、一緒に心から喜べる人間になりなさい」という母の言葉もあり、出来る限りお祝いに駆けつけるようにしていると語っている[4]
  • 佐藤哲三の影響で競艇を趣味にしており[45]、youtubeの配信番組にも数多く出演している。また、時折一視聴者としてチャット欄にコメントすることもある。
  • 前述通り2003年に桜花賞優駿牝馬秋華賞牝馬三冠を達成しているが、それ以降はクラシック未勝利である。
  • 中央のGI勝利は8勝のうち5勝が牝馬限定GI競走かつ全て異なるレースであり、阪神ジュベナイルフィリーズを制覇すれば牝馬限定GI競走全制覇となる。
  • 子息の大斗(ひろと)は2024年に競馬学校騎手課程第43期生として入学しており、順調に課程を熟せば2027年3月に騎手免許を取得することとなる。厩舎実習では父と同じく栗東で行っている[47]

脚注

出典

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI