横山龍之介
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プロ入り前
日本文理高では、一年生のときからベンチ入り。2006年の春の甲子園と夏の甲子園にはエースとして出場。センバツでは新潟県勢初勝利を記録し、ベスト8進出に貢献した。
2006年高校生ドラフト4巡目で阪神から指名を受け入団。
プロ入り後
2007年、2008年は二軍でも2年で7試合と登板数が少なかったが、2009年は登板数が増え、二軍で初勝利を挙げる。
投球フォームをサイドスローに変えて挑んだ2010年は6月22日に初の一軍昇格を果たし、6月27日の東京ヤクルトスワローズ戦でプロ入り初登板。二軍では球団最多登板記録となる50試合に登板し、4勝1敗、防御率2.51、46回2/3を投げ、29奪三振、41被安打、18与四球でWHIP1.26の好成績を残し、球団が制定するファーム年間MVP(投手部門)を受賞するなど成長を見せた。
2011年シーズンは、一軍での登板はなかったが、二軍では35試合に登板し防御率1.06の好成績を記録した。
2012年シーズンも、一軍での登板はなく、二軍で18試合に登板し防御率3.46の成績であった。10月2日に戦力外通告を受け[1]、12球団合同トライアウトを受験したものの獲得球団はなく、現役を引退。
現役引退後
引退後は郷里の新潟県へ戻り、胎内市の臨時職員となった[2][3]。2014年4月には正職員になり[4]、胎内市教育委員会生涯学習課スポーツ振興係の職員として働く[5]。胎内市教育委員会が主催して毎年夏に行われている阪神タイガースOBによる野球教室にも参加している[6]。
また、胎内市役所の軟式野球チームにも所属。全日本軟式野球連盟による規約で1年間は官公庁の大会などを除いて公式戦に出場できなかったが、2014年からは主戦投手として活躍し、国体新潟県予選や全国官公庁軟式野球大会などに登板した[7][5]。
選手としての特徴・人物
詳細情報
年度別投手成績
| 年 度 | 球 団 | 登 板 | 先 発 | 完 投 | 完 封 | 無 四 球 | 勝 利 | 敗 戦 | セ 丨 ブ | ホ 丨 ル ド | 勝 率 | 打 者 | 投 球 回 | 被 安 打 | 被 本 塁 打 | 与 四 球 | 敬 遠 | 与 死 球 | 奪 三 振 | 暴 投 | ボ 丨 ク | 失 点 | 自 責 点 | 防 御 率 | W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2010 | 阪神 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 7 | 1.0 | 3 | 1 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 2 | 2 | 18.00 | 4.00 |
| 通算:1年 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 7 | 1.0 | 3 | 1 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 2 | 2 | 18.00 | 4.00 | |
記録
- 初登板:2010年6月27日、対東京ヤクルトスワローズ8回戦(明治神宮野球場)、8回裏2死に6番手で救援登板・完了、1/3回無失点
- 初奪三振:2010年6月29日、対中日ドラゴンズ10回戦(阪神甲子園球場)、9回表に堂上直倫から空振り三振
背番号
- 68 (2007年 - 2012年)
登場曲
- 「FLIPSIDE」FREEWAY feat.PEEDI CRAKK(2007年 - 2008年)
- 「4 Minutes feat.Justin Timberlake」Madonna(2009年 - 2010年、2012年)
- 「BREAK IT」安室奈美恵(2011年)