樽見鉄道オハフ800形客車

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国鉄50系客車 > 樽見鉄道オハフ800形客車
運用者 樽見鉄道
製造初年 1978年[1]
導入年 1990年[3]
樽見鉄道オハフ800形客車
基本情報
運用者 樽見鉄道
製造所 富士重工業[1][2]
製造初年 1978年[1]
導入年 1990年[3]
総数 3両[3]
廃車 1995年[4]
主要諸元
軌間 1,067 mm
設計最高速度 95[5] km/h
車両定員 92名
(座席67名)[5]
自重 27.9 t[5]
全長 20,000[5] mm
車体長 19,500[6] mm
全幅 2,893[6] mm
車体幅 2,800[6] mm
全高 3,895[6] mm
車体高 3,650[6] mm
床面高さ 1,240 mm[6]
車体 普通鋼
台車 枕ばね:外吊り式2連コイルバネ
軸箱支持:軸ばね式
TR230[7][8]
車輪径 860 mm[5]
固定軸距 2,000 mm[6]
台車中心間距離 14,000 mm[6]
制動装置 CLブレーキ装置[8]
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樽見鉄道オハフ800形客車 (たるみてつどうオハフ800がたきゃくしゃ)は、四国旅客鉄道(JR四国)オハフ50形客車3両を譲受し、1990年平成2年)から1994年(平成6年)まで使用された樽見鉄道客車である[9][10]

1984年(昭和59年)10月に国鉄樽見線第三セクターに転換して開業した樽見鉄道[11]が、1989年(平成元年)3月の延伸開業に際し、沿線の薄墨桜見物輸送用としてJR四国から3両を購入した[12]。車体外部は連結して運用されるうすずみ1形と一体感を持たせたシルバーグレーを基調とし、窓下をとした[12][13]東海旅客鉄道(JR東海)から購入したオハ2000形・スハフ2200形に代替され、1994年(平成6年)に1両、1995年(平成7年)に2両が廃車され、形式消滅した[14][10]

車体

国鉄、JR時代と車体には外部塗装を除いて変化がない[13]。国鉄一般形客車として初めて客用扉を自動式開き戸とした車両であり、扉開閉操作の便をはかるため20 m級車体の両端に乗務員扉と車掌用スペースが設けられた[8]。乗務員扉の内側に1,000 mm幅の客用扉を備え、扉間には上段下降、下段上昇の窓8組と、戸袋窓2枚が設けられた[15][8]。屋根高さは屋根上に冷房装置を搭載することを考慮し、従来の客車より低くなっている[16]。妻面には連結作業の容易化のため後退角が設けられ[17]、監視用窓も設置された[6]

車内は両側の戸袋部と開閉窓1枚分がロングシートとなったが、それ以外は4人掛けボックスシートで、12組が設けられた[8]トイレが1箇所に設けられたが、スハ43系10系とは異なり、出入台より客室寄りとなっている[18]。トイレの扉は出入台に設けられ、洗面所はトイレに併設された手洗器で代用された[16]。出入台が設けられ、出入台と客室の間には仕切り扉が設けられた[8]。トイレの無い側の仕切り扉は乗降の容易化のため両開き、トイレのある側は片開きである[8]

樽見鉄道ではうすずみ1形と連結して運用されたため、外装はシルバーグレーを基調とし、窓下が青く塗装された[12]

走行装置

マニ30用のTR230B形台車
TR230と基本構造は同一

台車は、大径心皿式、外吊り式2連コイルばねを枕ばねに、軸ばね式ペデスタル型軸箱支持のTR230が採用されている[7][8]制動装置12系客車などと同じCLブレーキ装置で、1台車に2個ブレーキシリンダを設けた両抱き式とされた[8]

車歴

オハフ800形車歴
形式車両番号製造製造所国鉄番号JR廃車樽見入籍樽見廃車
オハフ8008011978年8月[1]富士重工業[1]オハフ50 100[1]1989年2月[1]1990年3月[3]1994年2月[19]
オハフ8008021981年1月[2]富士重工業[2]オハフ50 167[2]1989年2月[2]1990年3月[3]1995年7月[4]
オハフ8008031981年1月[2]富士重工業[2]オハフ50 169[2]1989年2月[2]1990年3月[3]1995年7月[4]

運用

出典

参考文献

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