樽見鉄道オハフ500形客車

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国鉄オハ35系客車 > 樽見鉄道オハフ500形客車
運用者 樽見鉄道
製造初年 1939年[2]
改造所 自社[1]
樽見鉄道オハフ500形客車
谷汲口駅に保存されているオハフ502
2005年5月
一番奥に見える車掌室の窓が他の窓より狭くなっていることがわかる。
基本情報
運用者 樽見鉄道
製造所 新潟鐵工所日立製作所川崎車輛[1][2]
製造初年 1939年[2]
改造所 自社[1]
導入年 1984年[1]
総数 4両[3]
運用開始 1984年10月6日[4][5]
廃車 1992年[6]
主要諸元
軌間 1,067 mm
最高運転速度 65[7] km/h
設計最高速度 95[8] km/h
車両定員 68名
(座席38名)[7]
自重 31.0 t - 33.6 t[7][9]
全長 20,000[10][11] mm
車体長 19,500[10][11] mm
全幅 2,900[10][11] mm
車体幅 2,805[10][11] mm
全高 4,040[9] mm
車体高 3,885[10][11] mm
床面高さ 1,185 mm[10][11]
車体 普通鋼[12]
台車 軸ばね式TR23(オハフ503、504)、TR34(オハフ501、502)[7]
車輪径 860 mm
固定軸距 2,450 mm[10][11]
台車中心間距離 14,000 mm[9]
制動装置 AVブレーキ装置[7]
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樽見鉄道オハフ500形客車 (たるみてつどうオハフ500がたきゃくしゃ)は、日本国有鉄道(国鉄)オハフ33形客車4両を譲受し、1984年昭和59年)から1992年平成4年)まで使用された樽見鉄道客車である[5]

1984年(昭和59年)10月に国鉄樽見線第三セクターに転換して開業した樽見鉄道が開業に際し、ラッシュ時の輸送力確保用に2両を導入した[4][5]。車体外部は樽見鉄道のレールバスと同じブルーを基調としたもので登場した[13]が、1988年(昭和63年)4月には茶色に変更されている[14]。車内では入線時に一部の座席が撤去されて石油ストーブが搭載されている[13]1989年(平成元年)3月に2両が増備された[15]が、翌1990年(平成2年)3月にはオハフ800形に代替されて3両が廃車[16]、1992年(平成4年)3月に残りの1両が廃車されて形式消滅した[6]

車体

20 m級の車体両端に出入台をもち、出入台には内開き式の開き戸がある標準的な国鉄客車の形態である[17]。片側の出入台の直近に便所・洗面所、反対側の出入台の直近に車掌室がある[10][18]。扉間には1,000 mm幅の1枚上昇式窓10組と、便所・洗面所、車掌室部分には700 mm幅の窓を備える[10][18]。国鉄時代は客室内にシートピッチ1,465 mmの4人掛けボックスシート10組が備えられていた[10][18]が、樽見鉄道では一部が撤去されている[13]

国鉄オハフ33形は製造が第二次世界大戦を挟んだ長期にわたり、戦前製と戦後製で形態が異なるうえ、オハ35形を緩急車化改造した車両も含めてさまざまな形態の車両が存在した[19][12]。樽見鉄道の4両のうち、オハフ503(オハフ33 110)、504(オハフ33 112)は戦前製[20]で、戦前製オハフ33の標準的形態である丸みを帯びた妻面、出入台付近から車端にかけて長桁が曲線を描き、屋根高さが徐々に低くなるいわゆる丸屋根、屋根はキャンバス張り[21][22][23][24][2]、車体はリベット構造である[25]。オハフ501(オハフ33 354)、502(オハフ33 1527)は戦後製で、オハフ501は戦後製オハフ33の標準的形態である折妻、車端部車体幅絞りなし、鋼製屋根[22][23][24][2]、オハフ502は戦後製オハ35を緩急車化したもの[26]で、戦後製オハ35の標準形態のひとつである、車端部車体幅絞りあり、キャンバス張り屋根である[21][22][24][27]。オハ35を緩急車化したオハフ33には車掌室窓を原形の1,000 mmのままとしたものと、オハフ33として製造された車両と同じ700 mm幅に改造したものがある[18][28]が、オハフ502は700 mm幅となっている。

樽見鉄道では1984年(昭和59年)入線のオハフ501、502の外部をレールバスと同じブルーをベースに樽見鉄道の頭文字であるTを図案化したのストライプが窓下に描かれたものとした[29]が、1988年(昭和63年)4月には茶色に窓下に赤帯を巻いたものに変更している[14]

牽引機であるTDE10形には暖房用の蒸気発生装置がなかったため、2か所の客席を撤去して石油ストーブが搭載された[13]

走行装置

TR23形台車
TR34形台車

戦前製の2両はTR23形台車、戦後製の2両はTR34形台車を装備する[30]。両者は基本的に同型だが、TR34では軸受がころ軸受けに変更されている[30]制動装置はA動作弁を車体側に備えたAVブレーキ装置で、リンク機構によって台車に備えられたブレーキ装置を制御する[17]

車歴

オハフ500形車歴
形式車両番号製造製造所台車1941年改番前番号1941年改番後番号改造後番号改造国鉄廃車樽見入籍樽見廃車
オハフ505011947年12月[31]新潟鐵工所[31]TR34[32]-オハフ33 354[31]--1984年8月[31]1984年8月[1]1990年3月[33]
オハフ505021947年3月[34]日立製作所[34]TR34[32]-オハ35 1042[26]オハフ33 1527[26]1964年12月[26]1984年9月[26]1984年9月[1]1990年3月[33]
オハフ505031939年10月[2]川崎車輛[2]TR23[20]スハフ34829[2]オハフ33 110[20]--1987年2月[20]1989年3月[35]1990年3月[33]
オハフ505041939年10月[2]川崎車輛[2]TR23[20]スハフ34831[2]オハフ33 112[20]--1987年2月[20]1989年3月[35]1992年3月[36]

運用

出典

参考文献

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