橋本大輝 (体操選手)

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (2001-08-07) 2001年8月7日(24歳)
身長 167.5 cm[1][2]
橋本 大輝
2024年11月30日の「パリ2024オリンピック・パラリンピック TEAM JAPAN 応援感謝イベント」での橋本大輝(中央)
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (2001-08-07) 2001年8月7日(24歳)
生誕地 千葉県成田市
身長 167.5 cm[1][2]
体重 57 kg[1]
種目 体操競技
得意種目 鉄棒
代表 日本代表
所属 日本生命/セントラルスポーツ
コーチ 斉藤良宏
元コーチ 冨田洋之
獲得メダル
日本の旗 日本
体操競技
オリンピック
2020 東京個人総合
2020 東京鉄棒
2024 パリ団体総合
2020 東京団体総合
世界体操競技選手権
2022 リバプール個人総合
2023 アントワープ個人総合
2023 アントワープ団体総合
2023 アントワープ鉄棒
2025 ジャカルタ個人総合
2021 北九州個人総合
2021 北九州鉄棒
2022 リバプール団体総合
2022 リバプール
2022 リバプール鉄棒
2025 ジャカルタ鉄棒
2019 シュツットガルト団体総合
ユニバーシアード
2025 ラインルール個人総合
2025 ラインルール団体総合
2021 成都団体総合
2025 ラインルールあん馬
2025 ラインルール鉄棒
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橋本 大輝(はしもと だいき、2001年〈平成13年〉8月7日 - )は、日本体操競技選手。2021年開催の東京オリンピック 体操 男子個人総合及び種目別鉄棒 金メダリスト。体操男子個人総合を五輪史上最年少で制覇、種目別鉄棒との2冠を達成した。

  • 体操選手としては長身なほうで、長い手足の先まで伸びた美しい演技が持ち味のオールラウンダー。
  • 家族構成は祖母、父、母、兄2人。2人の兄の影響で6歳から体操を始めた[3]。実家は兼業農家で(両親は公務員[3])現在も祖母の農作業を手伝っている[4]。「大輝」という名前には、「大きく夏に輝けるように」という両親の願いが込められている。座右の銘は「努力に勝る天才なし」[5]

経歴

千葉県成田市出身。香取市立佐原中学校船橋市立船橋高等学校を経て順天堂大学を卒業[6]

6歳から15歳まで兄とともに香取市にある佐原ジュニア体操クラブに通う。船橋市立船橋高等学校入学時は荒削りでトップクラスに程遠い選手だったが、高校3年生になると白井健三以来史上2人目となる現役高等学校生の日本代表選手として2019年世界体操競技選手権ドイツシュツットガルト)に出場した[7]。 初出場の橋本は予選で床運動、あん馬、跳馬、鉄棒の4種目で演技し全てチームトップの得点をマーク。団体総合決勝も同じ4種目に登場し、ミスが出た床運動で涙を流したものの、銅メダル獲得に貢献。世界選手権後の個人総合スーパーファイナルでは、同じ代表の萱和磨らを抑えて優勝を飾るなど、日本のエース級の選手に成長した[8]

2021年、第75回全日本体操個人総合選手権と第60回NHK杯体操選手権個人総合で初優勝し、新型コロナウイルス感染症の世界的流行を受け、開催が1年延期された2020年東京オリンピック体操競技日本代表選手に選ばれた[9]。第75回全日本体操種目別選手権鉄棒決勝では、離れ技を連続で成功させ、内村航平を抑えて優勝。東京オリンピックでは、初出場ながら安定した演技で個人総合、種目別鉄棒、団体を予選1位で通過し、決勝は体操男子団体で銀メダル、男子個人総合で金メダル、種目別鉄棒でも金メダルを獲得した。なお、 19歳355日での男子個人総合金メダル獲得は1992年バルセロナオリンピックで金メダリストとなったビタリー・シェルボの20歳200日を塗り替え、史上最年少。日本選手がオリンピックの個人総合を制したのは史上5人目。日本体操として通算100個目という記念すべきメダルとなった[10]。種目別鉄棒で日本がメダルを獲得するのは2004年アテネオリンピック米田功以来17年ぶり、金メダルでは1984年ロサンゼルスオリンピック森末慎二以来37年ぶりとなる[11]。 千葉県出身者としては1988年ソウルオリンピック競泳の鈴木大地以来33年ぶりとなる金メダリスト。さらに県出身で初めて五輪の金メダルを複数獲得する快挙で、歴史に名を刻んだ[12]

東京オリンピック 体操 男子個人総合・種目別鉄棒において金メダルを獲得した功績をたたえ、2021年11月18日、千葉県成田市の下総郵便局前に記念のゴールドポスト(第13号)が設置された(ゴールドポストプロジェクト[13])。

2022年6月23日日本オリンピック委員会(JOC)から、シンボルアスリートとして初認定された[14][15]2022年世界体操競技選手権イギリスリヴァプール)において男子個人総合金メダルを獲得したことにより、オリンピック男子個人総合金メダルとの2冠を達成。日本では内村航平に次ぐ2人目の快挙。

2024年パリオリンピックの体操競技の男子団体総合では、岡慎之助萱和磨谷川航杉野正尭とともに団体総合で金メダルを獲得[16]。男子個人総合では6種目の合計が84.598となり6位だった[17]

2025年4月1日、日本生命と所属契約を結び、プロに転向した。セントラルスポーツとの契約は継続、練習拠点も母校順天堂大学のまま変更なく、所属名は「日本生命・セントラルスポーツ」となった[18]。10月22日、世界体操競技選手権の男子個人総合で、内村航平以来史上2人目となる3連覇を達成した[19]

主な競技成績

2019年

2020年

2021年

2022年

2023年

2024年

2025年

主な受賞・栄典

出演

脚注

外部リンク

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