比嘉公也
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指導方針
沖縄尚学高等学校では3年春の第71回選抜高等学校野球大会にエースとして出場し、比叡山との1回戦で村西哲幸と投げ合い完封勝利[1]。PL学園との準決勝では延長12回、212球を投げ抜き完投勝利した[2]。水戸商業との決勝では自身の登板はなかったが、チームは勝利し沖縄県勢では春夏通じて初となる甲子園大会優勝を果たした[3]。同学年のチームメイトに比嘉寿光がいた。
高校卒業後は愛知学院大学に進学したが、左肘を痛めて現役を引退し、学生コーチに転身した[4]。
大学卒業後は沖縄市の浄水管理所に勤務しながら、沖縄大学で社会科教員免許を取得。コーチや副部長を経て2006年に24歳で母校・沖縄尚学高校の野球部監督に就任したが、同年9月に部内で暴力事件が起き、対外試合禁止処分を受けた[5]。
2008年春の第80回選抜高等学校野球大会では、東浜巨・嶺井博希のバッテリーを擁し自身がエースだった1999年以来となる全国制覇を成し遂げた[4][6]。監督としての優勝時の年齢(26歳9ヶ月)は第38回大会における杉浦藤文(24歳11ヶ月)に次いで史上2番目の年少記録となった。
2013年の明治神宮野球大会では日本文理との決勝で8点差を逆転して勝利し、初優勝した[7]。
2014年には、第10回BFA U-18アジア選手権(タイ・バンコク開催)に出場する侍ジャパンU-18代表のコーチに就任した。その後も2022年の第30回WBSC U-18ワールドカップ、2023年の第31回WBSC U-18ワールドカップでコーチを務めている[8][9]。
2025年(第107回)夏の全国高等学校野球選手権大会では、沖縄尚学を夏の甲子園初優勝に導いている[10]。同大会では、白髪交じりになった頭髪と渋い表情の比嘉が、世界的サッカー指導者のジョゼ・モウリーニョに似ていると話題になった[11]。
比嘉は「野球だけじゃダメなんです」と述べ、競技成績だけでなく人間的成長を重視する指導方針を掲げる[12]。監督就任直後から、選手と「交換ノート」で考えを共有する取り組みを続けている[13]。また本職は社会科教員で、授業を多数担当していることが報じられている[14]。
代表歴
受賞
- 県民栄誉賞(沖縄県、2025年)[18]
甲子園での成績
選手時代
- 春:出場1回・3勝0敗・優勝1回(1999年)
監督時代
- 春:出場6回・10勝5敗・優勝1回(2008年)
- 夏:出場6回・12勝5敗・優勝1回(2025年)
- 通算:出場12回・22勝10敗・優勝2回