水元公園
東京都葛飾区にある都立公園
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概要・見所
歴史
この地域はもともとは古利根川の河川敷であった。徳川家光の江戸川改修事業により古利根川は廃止されたため、小合村(1889年水元村に合併、1932年に葛飾区に合併)が江戸幕府の許可を得て埋め立てて耕作地として、水を蓄えて小合溜と称して管理してきた。
1940年、紀元2600年事業のひとつとして水元緑地が計画された。1942年までに168 haが買収されたが、太平洋戦争により整備が中断。戦後は自作農創設特別措置法によって150 haを耕作者に開放した。
1957年、都市計画改訂により水元公園として再発足(建設省告示1689号)し、1959年に用地買収を開始、1964年までに8 haを取得、整備の上、1965年4月1日に開園した。
1968年、明治百年記念事業の一環として明治百年記念公園の指定を受ける[3]。1987年にかけて、記念広場と「メタセコイアの森」が順次整備された。
将来計画
主な施設

水元公園の豊かな自然と環境保全
水辺の環境を備える水元公園は、ポプラやメタセコイア、ハンノキなど湿地に強い樹木が数多く見られるのが特徴。コウホネやスイレン、天然記念物「水元のオニバス」など水生植物も豊かに生育している。 生物多様性の観点からみても水元公園の湿地エリアは絶好の地と言え、東京都レッドリスト(本土部)2020年版に掲載されているフジバカマやミゾコウジュなどの貴重な植物群が自生している。
公園内は樹林や草地、苗圃・植生保護区など陸の上の環境と、小合溜やバードサンクチュアリー・水辺のなど水の環境が隣接しているため、生息動物の多様化を生み出している。
その一方で「特定外来生物」繁殖の問題も起きている。 ウシガエル、カダヤシ、ブルーギルのほか、マスクラットやカミツキガメなどが公園内で確認されている。また、2023年6月1日より「条件付特定外来生物」として規制対象のアカミミガメ類やアメリカザリガニも数多く確認されるようになった[6]。
水元公園マネジメントプランにおいては重点取組の一つとして「生物多様性の保全と回復」を掲げている。
- 樹林や水辺等について生物の生息環境を整え、モニタリング等により順応的な管理を実施する。希少生物種の保護や特定外来生物対策、生物情報の蓄積などを進めていく。
- 自然と親しみ、ふれあうイベントを開催し子供らのための環境教育プログラムの進めていき、自然と生物多様性の保全のための理解に取り組むことを方針としている[7]。
防災公園
アクセス
ギャラリー
水元公園(町名)
町名としての「水元公園」は、1981年の住居表示の実施により、当時の葛飾区水元小合上町、水元小合町、水元小合新町のそれぞれ一部より成立した。
丁目の設定がない単独町名である。郵便番号は、125-0034[13](集配局:葛飾新宿郵便局[15])。
全域を水元公園の敷地が占める。水元公園の敷地のうち、東側の一部エリアや三郷市エリアを除く区域に「水元公園」という町名が割り当てられている。
隣接する地域は、西は西水元、南は東水元・東金町、東は埼玉県三郷市高洲、北は埼玉県三郷市鷹野・戸ケ崎など。なお、隣接する三郷市との境界線は確定していない。葛飾区と三郷市の境界に小合溜(池)が存在するが、小合溜のどこに境界線を引くかで両者が対立している状態である[16]。
事業所
2021年(令和3年)現在の経済センサス調査による事業所数と従業員数は以下の通りである[17]。
| 町丁 | 事業所数 | 従業員数 |
|---|---|---|
| 水元公園 | 2事業所 | 28人 |
事業者数の変遷
経済センサスによる事業所数の推移。
従業員数の変遷
経済センサスによる従業員数の推移。

