水口町三大寺
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歴史
甲賀郡集墳の一部である古墳時代後期の横穴式石室をもつ群衆墳がある[5]。中世は池原杣荘に属したと考えられる。地名は南北朝時代の1343年の山中文書に「池原杣内三大寺村」としてみえる。なお、三大寺という地名は飯道山上の飯道寺、山腹にあったという道徳寺・薬王寺にちなむと伝わる[5]。1585年の甲賀ゆれと水口岡山城築城によりその支配下に入ったと考えられるが、1592年正月時点では豊臣氏の蔵入地(直轄地)となっている。1600年以降、幕府領となる。杣街道と奈良海道(信楽道)が交差するところに江戸時代中期から在町として三本柳が成立。2019年(平成31年)3月1日、水口町三大寺の一部から水口町三本柳が分離独立する[6]。
世帯数と人口
学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[7]。
| 番・番地等 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 全域 | 甲賀市立貴生川小学校 | 甲賀市立水口中学校 |