土山町北土山
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歴史
886年以降、東海道(阿須波道)が、中世には伊勢大路が通じ、室町時代には鈴鹿峠を控える交通の拠点であった[5]。中世には土豪の黒川氏・頓宮氏等の支配を受けたと考えられる。なお、甲賀郡志では、南土山ともとは1村であったが1440年に岩室氏が南部を領したため、頓宮氏が領した北土山と分かれて2村となった伝承が記されている。1584年の小牧・長久手の戦いでは豊臣秀吉が土山に陣を置き、軍事拠点とした。1585年の甲賀ゆれと水口岡山城築城によりその支配下に入ったと考えられる[5]。1591年には北土山の949石余りが徳川家康の在京賄料にあてられている。1600年に幕府領となり、1601年には東海道の宿駅に指定される。東海道の北側に当地域はあり、南側の南土山村などと両側町を構成し、吉川町に土山家本陣、中町に問屋場が置かれた。