江口聡一郎
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経歴
札幌市立真栄小学校1年次に真栄ビクトリーで野球を始めた。
札幌大谷中学校では札幌大谷リトルシニアでプレーした。
北海高等学校では高校2年の6月に右胸郭出口症候群になり7月に手術をし50kgあった握力は8kgまで下がり右手で箸を持てないほどになった[1]。7月に手術をしてから県秋季大会よりスタメンを勝ち取った。秋季大会では万全ではなかったが人生初アーチを含む打率.364を記録し第93回選抜高等学校野球大会への出場に貢献した[2]。特に決勝の旭川実業高等学校戦では田中楓基から本塁打を放ちそれが決勝点となった[3][4]。3年夏の県大会中にはパニック症候群を引き起こし日常生活も困難な状態に陥るが病院で処方された薬を服用しながら出場した第103回全国高等学校野球選手権大会で1安打を放った。2学年上に辻本倫太郎、同級生に木村大成、大津綾也、工藤泰己、宮下朝陽がいた。
日本大学に進学する[5]がパニック症候群が治まらず2年春に退部した。
1年間野球からは離れていたが北海高校の同級生だった宮下が大学日本代表に選ばれるなどして野球への思いが再燃し発足直後の軟式チーム・東京ユニコーンに入団した[6]。2024年に入り硬式のホグレルベースボールクラブでも本格的に練習を再開した[7]。
前年よりウエスタン・リーグに参入したくふうハヤテベンチャーズ静岡のトライアウトに参加し、フリー打撃で3発の柵越えを放ち[8]、2024年12月16日に入団が発表された[9]。背番号は64[9]。
2025年8月26日のソフトバンク戦でプロ初安打を記録[10]。公式戦11試合に出場し、打率.059(17打数1安打)[11]と結果を残せていない中、江口本人の希望により、シーズンが終了する前の9月15日付でくふうハヤテを退団した[12]。
2026年3月8日、北海道フロンティアリーグの士別サムライブレイズとの選手契約を締結したことが発表された[13]。
詳細情報
背番号
- 64(2025年 - 同年9月15日、2026年 - )