Wikiwand AI

涙のあとから微笑みが

From Wikipedia, the free encyclopedia

B面 君の名はさすらい
リリース
「涙のあとから微笑みが」
森田健作 の シングル
B面 君の名はさすらい
リリース
ジャンル 歌謡曲
レーベル RCA
作詞 小谷夏
作曲 鈴木邦彦
森田健作 シングル 年表
青春のバラード〜ひとつぶの涙
(1973年)
涙のあとから微笑みが
(1974年)
銀河の約束
(1974年)
テンプレートを表示

「涙のあとから微笑みが」(なみだのあとからほほえみが)は、1974年1月15日に発売された森田健作のシングル。同名の映画が同じ年に森田主演により松竹で製作された。

  1. 涙のあとから微笑みが
    作詞:小谷夏/作曲・編曲:鈴木邦彦
  2. 君の名はさすらい
    作詞:小谷夏/作曲・編曲:鈴木邦彦

映画

涙のあとから微笑みが
監督 市村泰一
脚本 田波靖男
出演者
音楽 小川寛興
撮影 小杉正雄
編集 杉原よ志
製作会社 松竹
公開 日本の旗 1974年3月30日
上映時間 87分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
テンプレートを表示

森田健作主演で1974年に松竹で製作された青春映画[1][2][3]。

キャスト

スタッフ

製作

森田健作は1969年の映画『夕月』で注目され[3]、同年、ピンキーとキラーズの大ヒット曲の映画化『恋の季節』と『喜劇 婚前旅行』に出た後、すぐに主演作『夕陽の恋人』が用意され[3]、松竹の新しい青春スターとして遇された[3]。その後は尾崎奈々や天地真理らのコンビで次々と主演映画が製作された[3]。本作の相手役・吉沢京子は東宝では処を得なかったが[3]、テレビドラマで活躍中で、松竹で前年、森田と純愛を扱った『ひとつぶの涙』で森田と上手く噛み合い、その延長線上として本作が製作された[3]。森田は本作の後、『砂の器』など文芸大作路線に転じ[3]、1975年の『はだしの青春』以降は、青春映画から離れた[3]。

撮影

1974年2月10日、海から吹き付ける寒風の神奈川県三浦半島城ヶ島でクランクイン[4]。同日、森田と吉沢の青春コンビによるピクニック設定の無茶なロケが行われた[4]。脚本では「二人の愛を祝福するように春の日差しはうららかに…」だったが、台本通りにはいかない正反対の身を削るような強風[4]。通常なら延期も考えられたが、二人とも売れっ子でスケジュールは変更出来ず撮影を強行した[4]。リハーサル中は毛布を被って暖をとり、「本番!」の合図でいさぎよく春のいでたちでカメラの前に立ったが、北風で体はガタガタ、唇は紫色[4]。頬をマッサージしたり、足を動かしたりでどうにか予定のカットを撮り終えた。森田は「商売とはいえ楽じゃないよ」と述べた[4]。吉沢は「鼻の頭が赤く腫れてないかしら」と心配した[4]。

同時上映

脚注

参考文献

外部リンク

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks