花の高2トリオ 初恋時代

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花の高2トリオ
初恋時代
監督 森永健次郎
脚本 才賀明
製作 堀威夫
相沢秀禎
出演者 森昌子
桜田淳子
山口百恵
音楽 服部克久
主題歌 森昌子・桜田淳子・山口百恵「初恋時代」
撮影 萩原憲治
編集 井上治
製作会社 ホリ企画制作
配給 東宝
公開 日本の旗 1975年8月2日[1]
上映時間 88分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
配給収入 5億9600万円[2]
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花の高2トリオ 初恋時代』(はなのこうにトリオはつこいじだい)は、1975年8月2日[1]東宝系で公開された日本映画[3][4]。製作:ホリ企画制作。東宝・ホリプロダクション(現:ホリプロ)サンミュージック提携作品[4]

1972年から1973年にかけて、日本テレビ系列で放送されたオーディション番組『スター誕生!』(略称「スタ誕」)でデビューし、一躍芸能界で人気者となった森昌子桜田淳子山口百恵の通称「花の中三トリオ」(当時は「花の高2トリオ」)を主演にした青春映画[3][5]。3人揃っての映画は本作のみ[3]。製作にあたっては、『スタ誕』のチーフプロデューサーだった池田文雄(当時日本テレビ)が企画に携わっている。

監督は日活出身の森永健次郎だが、本作が映画最終作となった。

ストーリーは、前半は東京にやって来たアカネ(桜田)、アオイ(山口)、ミドリ(森)の3人がデザイナーの矢沢恵子とその夫・一平と知り合い、更に東南大学のボート部主将・柳田に恋焦がれ、後半では、交通事故で両親を失い、自分も足を痛めた少年・弘のために、熱気球を作り、弘を乗せるという展開となっている[3]

スタッフ

キャスト

主題歌

「初恋時代」

  • 作詞:阿久悠/作曲:都倉俊一/編曲:高田弘/歌:花の高2トリオ(森昌子、桜田淳子、山口百恵)
  • 歌詞は3番まで有り、各番とも前半はソロ、後半は合唱となっている。そしてソロパートは、1番は森、2番は桜田、3番は山口となっている。
  • それぞれ所属する事務所レコード会社が異なるため、同楽曲はソロバージョンでレコーディングされている。森バージョンはアルバム『あの人の船行っちゃった』[6]、桜田バージョンは『桜田淳子ベストコレクション'76』[7]、山口バージョンは『Best of Best 山口百恵のすべて』に収録された。現在は桜田淳子と山口百恵のバージョンのみがCD化されており、桜田バージョンが『16才の感情+9』に、山口バージョンが『GOLDEN J-POP/THE BEST 山口百惠』、『MOMOE PREMIUM update』、『Complete MOMOE PREMIUM』、『コンプリート百恵伝説』、『GOLDEN☆BEST 山口百恵 アルバム・セレクション』に収録されている。

製作

山口百恵主演で『伊豆の踊子』を当てた東宝が[4]、山口、森昌子桜田淳子の通称「花の中三トリオ」(当時は「花の高2トリオ」)を集めた企画を考え出したとする文献もあるが[4]、企画は1974年秋から挙がっていたと書かれた文献もあることから[5]、『伊豆の踊子』とほぼ同時期に企画として挙がっていたものと見られる。地方映画館の中には大手のブロックブッキングに属さない劇場もあり[8]1970年代前半に地方の劇場に好まれた東映の任侠映画実録ヤクザ映画が下降線を辿っていた背景があり[8]東映映画にはいい顔をしない劇場主もおり[8]、各地区の映画館のアンケートで「花の高2トリオ」の映画を期待する声が上がっていたことから[8]、東宝は1975年の夏休み興行を「花の高2トリオ」で勝ち抜こうと製作を決定した[8]

当時の3人は秒単位のスケジュール表で稼働している忙しさ[8]。3人が顔を合わせて撮影を行うのは至難の技ともいわれたが、関係者が顔を突き合わせて3週間がかりでスケジュールの調整を行い、1975年6月末から7月末までの一週間で、4日間だけ、それも3時間程度なら、3人が共演できるというスケジュールを作った[8]。スケジュール調整が大変で、3人の名前の序列で揉めないか心配された[9]。森は歌だけは3人の中で一番上手いと専門家筋では評判だったが[9]、女優としては他の2人に一歩リードされていただけに[9]、どんな演技をするのか注目された[9]。当時はデビュー順で3人の格付けは、森、桜田、山口と決まっており[5]、3人で撮影に収まるときは暗黙の了解で森が真ん中になった[5]。映画評論家・河原一邦は「似たりよったりの3人娘を、甲乙つけがたく平均的に活躍させて、各ファンの恨みを買わないように、が製作意図と[4]、『サンデー毎日』は「顔だけ見せればいいという映画を作るのも大変だ」[8]と皮肉った。

製作発表

1975年5月13日、赤坂プリンスホテルで製作発表会見が行われた[5]。「花の高2トリオ」が出席したが[5]、売れっ子3人が次に揃うのはクランクイン時で[5]、この会見の発表では「(1975年)6月23日クランクイン、7月いっぱいでクランクアップ、8月の公開を予定している」と説明があった[5]。また3人の共演作は昨年(1974年)秋から挙がっていたが[5]、3人のスケジュールの調整に難航し延々になり、ようやく調整が出来た、物語、共演者もまだ未定と発表があった[5][5]

共演者には、フランキー堺南田洋子といったベテランや、当時ホリプロ映画に出演していた夏夕介、また当時『スタ誕』のレギュラーだった黒部幸英が「クロベー」名義で出演している。また子役として、後にテレビ特撮『小さなスーパーマン ガンバロン』(日本テレビ系列)に主演する安藤一人が出演する。1975年6月下旬脚本脱稿[8]

撮影

3人はテレビ、コンサート等、忙しいスケジュールを調整しながらの撮影[4]森永健次郎監督は「全作品の中に、どれだけ3人の顔がはめこめられるか」とはっきりとした託宣[8]、東宝は森永の芸術的才能には興味なし[8]。遠景や後ろ姿は吹替えを使い、本物の3人の出演シーンはアップ、アップの大写しの大サービス[8]。映画のクライマックスになる熱気球のシーンは1975年6月30日、茨城県霞ヶ浦町(現かすみがうら市)で行われた[10]。この日は微風とコンディションもよく、早朝4時からスタートした撮影は朝9時に終了した[10]。3人が乗った熱気球は高さ20メートルまで上昇した[10]。東宝は売れっ子3人に対して1人2億円、計6億円の保険を掛けた[10]。3人が舞子姿になる撮影は1975年7月8日に調布日活撮影所で行われた[11]

興行成績

5億9600万円の配給収入を記録、1975年(昭和50年)の邦画配給収入ランキングの第4位となった[2]

映像ソフト

2011年8月31日に公開から36年たって初めてDVDで商品化された[3]

同時上映

青い山脈

参考資料

  • Goo映画

脚注

関連項目

外部リンク

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