淡輪遊園
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淡輪遊園(たんのわゆうえん)は、大阪府泉南郡岬町にある公園。かつては南海電鉄によって開発されたリゾート遊園地であった。
| 淡輪遊園 | |
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淡輪遊園空撮(1975年) - 地図・空中写真閲覧サービスより拡大。 | |
| 所在地 | |
| 座標 | 北緯34度20分6.8秒 東経135度10分44.5秒 / 北緯34.335222度 東経135.179028度座標: 北緯34度20分6.8秒 東経135度10分44.5秒 / 北緯34.335222度 東経135.179028度 |
| 面積 | 1700㎡ |
| 前身 | 同名の遊園地 |
| 開園 | 1911年 |
| 運営者 | 淡輪財産区、淡輪観光協会 |
| アクセス | #交通参照 |
歴史
1903年(明治36年)、大阪朝日新聞に記者西村天囚による十数日に渡るコラム「海風、淡輪游記」が掲載され、この記事によって淡輪が景勝地として知られるようになったことがきっかけ[10]。ここに目を付けた南海が当地の開発に乗り出し、1904年(明治37年)に淡輪黒崎に黒崎海水浴場(現在のときめきビーチ)を開業した[10]。
当時すでに南海本線は開通していたものの淡輪に駅はなく、箱作から村営連絡船でアクセスしていたが、1906年(明治39年)に箱作~深日間に海水浴客向けの簡易乗降場として淡輪駅が開業した[11][12]。
愛宕山は同年から園地として段階的に遊具の設置などがすすめられ、1911年(明治44年)に上水道や電燈を整備し本格開業した[注釈 2]。同年には南海本線の電化と淡輪駅の常設駅化が完成している[10][11]。1916年(大正5年)からは近隣の淡輪港から淡路島までの航路が開設された(後述)。
現在も園の名物となっているツツジは1925年(大正14年)に植樹されたものである[10]。
戦後、南淡輪の大阪ゴルフクラブの周辺に南海が都市公園(みさき公園)を1957年(昭和32年)に開業すると、経営の中心はみさき公園へと移行していった。1961年(昭和36年)に淡輪園地内に旅館「淡の輪苑」を開業させて[3]以降の動向・撤退時期などは不明である。
その後しばらく放置状態だったが、2006年(平成18年)ごろから地域住民による清掃活動が始まり、現在(2024年(令和6年)時点)公園敷地は住民団体の淡輪財産区と淡輪観光協会によって管理されている[13]。
施設
1907年(明治40年)には旧阪堺鉄道の木造客車を用いた列車ホテルが建設されたが、一夏で営業を終了したという[14][15]。また同時期に海水を用いた人工瀑布「汐の滝」、菖蒲園なども造られた[10][12]。
1937年(昭和12年)、村内に湧き出る冷泉を活用し、海岸3000坪を拓いて「淡輪温泉」を開業[16]。全盛期には周囲に数軒の旅館が立ち並び、ボートや釣り船の貸し出しも行っていたという[11]。
1955年(昭和30年)前後のマップでは園内には2基の飛行塔や子供汽車、グラウンド、野外劇場などが確認できる[17]。
遊園時代の名物行事が「つつじ人形」であり、たびたびイベントが催された[17]。戦後、淡輪温泉の建物が「つつじ人形館」としてリニューアルされ利用された[6]が、後に会場はみさき公園に移転した[18][注釈 3]。
2026年(令和8年)現在の園内に当時からの建物はほとんど残されていないが、前述のようにツツジや桜が現存しているほか、愛宕山の中腹では1904年(明治37年)創業の旅館「龍宮館」が営業を続けている[19]。
なお、現在でも旧園地に南海の社有地が残っており、太陽光発電所が設けられている[20]。