水源はネットが張られ動物や落ち葉の侵入を防いでいる
「渾神の清水」は別名(今神の清水)ともいわれており、眼の神(めのかみ)から渾神(いがみ)の清水と呼ばれるようになったと伝わる。
坂上田村麻呂が延暦年間に陸奥国の蝦夷征伐の時「矢捨山」の近くで眼病を患った。或る夜、此土地の鎮守少彦明神が夢に現れ、是れよりも奥に行くと清水があり、この水で目を洗うとたちまち治るとのお告げがあった。お告げのとおり谷を上っても清水が無いため、現在の泉のあたりで神に礼拝すると烏帽子が飛んで落ちた場所にこんこんと水のわいている泉があった。この清水で目を洗うとたちまちのうちに眼病は治癒した。その徳に感じて眼病守護のため、阿蘇山に剣を埋めて薬師神と崇めて本殿を建てた。この清水わく泉を渾神の清水と呼んでいる。」坂上田村麻呂の伝説「竹館村誌」(抜粋)
現在は農業用水等に利用されている。飲用は煮沸が必要である[2]。住民は「霊泉」の碑を置き、祠と鳥居で祀り、周辺の清掃等環境整備に努め、保全を図っている[3]。