滝鼻卓雄
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生い立ち
東京府(現・東京都)出身。東京都立西高等学校、慶應義塾大学法学部政治学科卒業[1]。大学在学中、新聞研究所(現・メディアコミュニケーション研究所)に所属し、マスコミュニケーションを学ぶ。
読売新聞社
1963年4月、読売新聞社入社。社会部中心に記者として活動する。
2004年8月、明治大学・一場靖弘投手(後に楽天→ヤクルト)を巡る裏金事件で引責辞任した渡邉恒雄オーナーに代わり、第4代目の読売ジャイアンツオーナーに就任。ポスト渡邉をめぐって内山斉とライバル関係にあるとみられたが、親会社である読売新聞グループ本社などの役員を退任し、オーナー職に専念する形となった。
読売ジャイアンツ
巨人オーナー就任後は積極的にメディアに登場している。選手間で怪我人が続出した時には「東京ドームの屋根を取り払って天然芝の球場にしたい」などのファンの意見も取り入れた発言も行っている。
2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)後、セ・リーグは全球団連名で「開催にあたっては原発問題、消費電力問題を含めて、政府、監督官庁などの指示に全面的に従っていきます」と発表した[2]。しかし、蓮舫節電啓発担当相がセ・リーグの3月29日開幕の見直しを求めたことに対して滝鼻は3月22日に「開幕はお上(政府)が決めることじゃない」と不快感を示した[3]。
2011年6月7日、読売ジャイアンツオーナーを退任し、最高顧問に就任[4]。
読売新聞入社後の略歴
家族
2011年1月現在、息子の滝鼻太郎も社会部次長として読売新聞社に勤務している。