潮干狩図
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本作品の制作年は不明であるが、落款に使用された亀毛蛇足印の損耗状態によりその推察が行われている[7]。落款に亀毛蛇足印が使用された作品は五十数点が確認されている[2]。亀毛蛇足印は享和3年(1803年)に刊行された狂歌絵本『夷歌 月微妙』にその使用が認められており、この時点で印章の左上部分の欠落が確認できることから、欠落の有無によってある程度の年代の考察が可能となっている[7]。また、『鯉魚図』に記された識語から、文化10年(1813年)にこの印章を葛飾北明に譲り渡していることが知られており、ここまでの期間で制作された作品に使用されたということになる[8]。
『潮干狩図』に使用された亀毛蛇足印は左上の欠落に加えて四周の欠損が相当に目立つ状態となっており、かなりの損耗が認められる[8]。これらの印章の状態と「葛飾北斎」署名の組み合わせから、美術史家の浅野秀剛は文化3、4年から文化7、8年ごろと推察している[8]。一方『葛飾北斎年譜』を刊行した浮世絵研究家の永田生慈は、本作品の制作年を文化10年(1813年)ごろと推定している[4]。
