中央山脈の山で、北二段では最も険しく標高が高い[1]。台湾百岳では31であった。北側は鬼門關断崖、南側は無明断崖と呼ばれる崖地形が形成されている[2]ため、「十峻」の一つに含まれる。
タイヤル族、セデック族、タロコ族の領域内にあり、狩猟場を巡って部族間で頻繁に紛争していたという[3]。
「無明山」という名前は日本統治時代の地図で初めて登場した[4]が、一部では「無名山」とも表記されており[5]、現在でも西側では「無明」、東側では「無名」で呼ばれている。遠隔地に位置しており、登山者が少ないことに加え、不安定な天候により山容が見えづらいことから「無名」という名前が付き、のちに「無明山」に転じたという説がある[1][3]。