『花蓮縣志』によれば、「秀姑巒」はアミ語で「河口のある」という意味の「Ci'poran」を音写したものだとされる。元々は台湾東部一の大河である秀姑巒渓の河口にある小島「獅球嶼」を表していたという。他には「芝波蘭」、「泗波闌」、「薛波闌」、「芝舞闌」、「繡孤鸞」、「秀孤鸞」、「秀姑蘭」などの音写表現もある。
清朝時代には秀姑巒渓の名前の由来になった。
1896年の日本統治時代には、長野義虎(中国語版)の探検報告書でこの山を漢字で「秀枯欒山」、カタカナ表記で「マホラス山」(ブヌン語での呼び名「Mahudas」に由来)と記載した。測量で「秀姑巒山」となったが、北東側にある「烏拉孟山(ブヌン語で「Ulamun」)を間違って「マホラス山」と表記し、そのまま現在は「馬博拉斯山」という名前になった。なお、馬博拉欺山から北東へ約10km離れた山に「Ulamun」と同音の「裏門山」がある。