深谷を含む埼玉県では、稲作の裏作として小麦を多く生産していた(二毛作)ことから、麺の原料となる小麦粉を入手しやすかった[4]。深谷では古くより家庭料理として『ほうとう』を食べる文化があり[8]、「ほうとうを打てない女は嫁にいけない」と言い伝えられたという[9]。江戸時代末期に血洗島村(現在の深谷市内)で生まれた実業家の渋沢栄一も煮ぼうとうを好物としており[10]帰郷の際には必ず食べていた[11]、と伝承されている。
しかし、1980年代後半まではあくまで煮ぼうとうは米の代用食であり[11]、農作業の合間に食べる「郷土の味」[9]「家庭の味」として認識されており、飲食店で販売されるようなものではなかったという[8]。
煮ぼうとうが深谷の名物として有名となった契機は、1988年(昭和63年)に深谷市の製麺会社『新吉(しんよし[12])』が商品化したことであったという[8]。同社社長の小内陸夫の母である政が「おいしいし、特徴があるのだから、出せば売れる」と判断したことによる[8]。発売後はたちまち同社を代表する商品となった[8]。
2003年(平成15年)には市民十数人によって『武州煮ぼうとう研究会』が発足し、煮ぼうとうと(甲州の)ほうとうとで屋台の売り上げを競うといった『ほうとう対決』も行われた[6][8]。売り上げ対決では二年連続で甲州ほうとうが勝り、煮ぼうとうは敗れたものの、話題性から知名度の向上につながった。
2007年(平成19年)には埼玉県行田市にて「埼玉B級グルメ王決定戦」が開催され、13市町から出品された14種の料理を、1万人以上の参加者が食べ比べて好みの食品に投票した[13]。結果、煮ぼうとうが最多の票を獲得した(第2位は行田市の『ゼリーフライ』、第3位は同じく『フライ(鉄板焼き)』であった)[13]。武州煮ぼうとう研究会長の小林仲治は「B級とは正直心外だが、先祖から伝わる味を評価されてうれしい。全国区の味をめざしていきたい」と述べた[13]。
以後も各地で普及活動が進められ[6]、結果、煮ぼうとうは市内の飲食店でも販売されるようになるなど、深谷の名物料理として確立されていった[8]。深谷では学校給食として煮ぼうとうが提供される[7]ほか、渋沢栄一の命日である11月11日には、『煮ぼうとう会』が開催されることとなった[6]。
2010年代には大手コンビニエンスストアのセブン-イレブンが期間限定で煮ぼうとうを製造・販売し、2021年(令和3年)にも埼玉県政150周年を記念して販売した[6]。
2019年に渋沢栄一の肖像画が2024年度以降の一万円紙幣に用いられることが決定すると、新吉は渋沢の生誕地の隣に煮ぼうとう専門店を出店した[11]。
2022年(令和4年)時点で、深谷市内で煮ぼうとうを提供する飲食店は約20強が公表されている[4]。