熊川次男

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生年月日 (1930-11-30) 1930年11月30日(95歳)
出身校 中央大学法学部 卒
早稲田大学大学院法学研究科 修了
熊川 次男
くまかわ つぎお
熊川次男
生年月日 (1930-11-30) 1930年11月30日(95歳)
出生地 群馬県吾妻郡嬬恋村
出身校 中央大学法学部 卒
早稲田大学大学院法学研究科 修了
前職 弁護士税理士
所属政党自由民主党→)
新進党→)
民主党
称号 旭日重光章
親族 熊川良太郎(叔父)
吉川真由美(長女)
選挙区 旧群馬1区
当選回数 4回
在任期間 1979年 - 1990年
当選回数 1回
在任期間 1971年 - 1972年
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熊川 次男(くまかわ つぎお[1][2][3]1930年昭和5年〉11月30日[4][1][2][3] - )は、日本弁護士(登録番号:8186)、政治家衆議院議員(4期)、大蔵政務次官第2次中曽根内閣)、総務政務次官(竹下内閣)、衆議院環境委員長などを歴任。

群馬県吾妻郡嬬恋村に、父・熊川博、母・のいの子として生まれる[4][1][3]。叔父は群馬県議会議員を務めた熊川良太郎[1]群馬県立中之条農業学校を経て[1]1954年中央大学法学部卒業[1][2][3]1958年司法試験合格[1][3]1959年早稲田大学大学院法学研究科を修了[1][2][3]

1961年前橋市に熊川弁護士事務所を設立[4][1][2]税理士としても登録[2][3]。群馬法律専門学校講師、前橋市労働教育委員などを歴任する[4][1]

1971年に群馬県議会議員に当選[4][1][2][3]。翌1972年に県議会議員を辞職し第33回衆議院議員総選挙に立候補するが落選[1][3]

1973年群馬弁護士会会長となり[4][1][2][3]1974年日本弁護士連合会副会長に就いた[4][1][2]1976年第34回衆議院議員総選挙に立候補するが再び落選[1]

1979年第35回衆議院議員総選挙群馬1区から立候補し初当選[4]。以後、連続当選4回。第2次中曽根内閣大蔵政務次官に、竹下内閣で総務政務次官・衆議院環境委員長に就任。このほか、自由民主党政調国防副部会長・自民党労働副部会長・自民党法務副部会長・自民党商工副部会長・自民党財務副部会長・自民党国民運動本部副本部長・自民党全国組織委員会研修局局長・自民党国会対策副委員長などを歴任した。

1990年第39回衆議院議員総選挙で落選し、議席を失う。1993年第40回衆議院議員総選挙でも落選。その後自民党を離れ、1996年第41回衆議院議員総選挙では新進党から、2000年第42回衆議院議員総選挙では民主党から立候補したが、いずれも落選。その後、政界から引退した。

2019年5月21日発令の春の叙勲で、旭日重光章を受章[5]

著作

著作の一部はデジタル化されており、国立国会図書館デジタルコレクションなどで公開されている。

単著
  • 『明日の婦人問題 : いっしょに考えよう』(オピニオン書房, 1970年)
    • 『明日の婦人問題 : いっしょに考えよう 全面改稿版』(草薙書房, 1972年)
  • 『いっしょに考えよう明日の老人問題』(草薙書房, 1974年)
  • 『手づくり経済論 : 伸びる中小企業群像を求めて』(国政新報社, 1983年)
  • 『最高の結果を生み出す心友力 : その気配りで人生を拓く』(幻冬舎メディアコンサルティング, 2018年)ISBN 978-4-344-91134-5
    • 『最高の結果を生み出す心友力 : その気配りで人生を拓く 新版』(2022年)ISBN 978-4-344-93801-4
共著
  • 『現代企業・法と会計の周辺事情』(熊川次男, 田中久夫 編著, 税務経理協会, 2002年)ISBN 4-419-04102-1
論壇雑誌等への寄稿(一部)

家族

脚注

外部リンク

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