片桐圭一
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学生時代は柔道をやっていたが足のケガもありその道を断念する。その頃にギターを手にし自分で作詞、作曲を行い始め音楽の道へ進む。アルバイトで弾き語りを行っていたところ日本学生サーフィン連盟の関係者から依頼され『LONELY SURFER(ロンリー サーファー)』を作成する。松原正樹による演奏とアレンジの協力を経てCBS・ソニーでKONA WINDSとして録音が行われた。しかし、CBS・ソニーからデビューにはまだ早いと言われたため友人を集めて「GORO激写サウンドコンテスト」へ出場しグランプリを獲得する[1][2]。この時CBS・ソニーから正式デビューの依頼が来たものの手の平を返したような態度が気に入らなかったため応えなかった。その後ビクター音楽産業の関係者から誘われデビューすることになる[1][3]。
1981年、4人組サーフ・ロックバンドブルート・イースト・ファミリーのボーカルとしてデビュー。同年に映画『死亡の塔』の主題歌を担当。グループ解散後はソロでの活動を行う。1980年代前半に主にアニメソングで活躍した[1]。
一部の楽曲で用いられたはせもとひろという名義は自身の弟と、その友人の名前から取ったものだと答えている[1][3]。
『亜空大作戦スラングル』の2代目エンディングテーマである「はるかな友よ」も当初は片桐によるレコーディングが行われていたものの移籍したばかりの事務所とレーベル側でトラブルになったため急遽、飯野茂一に変更されたと語っている。また1984年に放映された『巨神ゴーグ』の主題歌もレコーディングしたもののレーベル側の事情により採用されなかったと答えている[1][3]。
2021年の時点で、御茶ノ水でボイストレーナーをしていた[4]:65[5]が、2026年4月3日、2025年12月30日に死去していたことがアニメイトタイムズの生前インタビュー記事で明らかになった。晩年は大病の闘病中で車椅子での生活していたという。68歳没[1]。