片諏訪 From Wikipedia, the free encyclopedia 日本 > 熊本県 > 玉名市 > 片諏訪国 日本等時帯 JST郵便番号 865-0044[2]片諏訪 大字 片諏訪の航空写真(2016年04月20日) 片諏訪片諏訪の位置 北緯32度53分53秒 東経130度34分34秒 / 北緯32.89806度 東経130.57611度 / 32.89806; 130.57611国 日本都道府県 熊本県市町村 玉名市人口(2022年(令和4年)8月31日現在)[1] • 合計 378人等時帯 JST郵便番号 865-0044[2]市外局番 0968[3]ナンバープレート 熊本テンプレートを表示片諏訪(かたすわ)は、熊本県玉名市の大字。郵便番号は865-0044[2]。旧肥後国玉名郡片諏訪村、玉名郡伊倉村大字片諏訪、玉名郡伊倉町大字片諏訪。 玉名市東部の菊池川河口の北東、伊倉台地の南端に位置し、北側で宮原、東側で横田、南東で天水町野部田、南側で伊倉南方と接している。当地には片諏訪という行政区があり、この行政区は市立小・中学校の校区やゴミ捨ての区域などに用いられている。 また、北部は宅地が広がっているのに対し、南部は田畑が広がっている。 歴史 当地は縄文時代の貝塚があったり、また後醍醐天皇の猶子伊倉宮がいたと伝わっていたりするなど、長い歴史がある。さらに、江戸時代には小田手永に属しており、当地に惣庄屋会所が置かれていた[4]。 沿革 江戸時代頃 - 伊倉南方村から分村し、片諏訪村となる。 明治22年(1889年) - 伊倉村の大字となる。 明治32年(1899年) - 所属が伊倉町となる。 昭和29年(1954年) - 所属が玉名市となる。 人口と世帯数 2022年(令和4年)8月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。 町丁世帯数人口 片諏訪 159世帯 378人 小・中学校の学区 市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[5]。 町丁小学校中学校 全域玉名市立伊倉小学校玉名市立玉南中学校 交通 道路 熊本県道1号熊本玉名線 熊本県道113号玉名植木線 熊本県道167号肥後伊倉停車場線 鉄道 当地を鉄道は通っていない。鉄道を利用する場合の最寄り駅は肥後伊倉駅となる。 バス 当地内をバス路線は通っていない。 脚注 [脚注の使い方] 1 2 “人口と世帯”. 玉名市. 2024年6月15日閲覧。 1 2 “郵便番号”. 日本郵便. 2025年1月29日閲覧。 ↑ “市外局番の一覧”. 総務省. 2024年6月9日閲覧。 ↑ 「角川日本地名大辞典」編纂委員会『角川日本地名大辞典 43 熊本県』角川書店、1987年12月8日、300頁。 ↑ “玉名市立小・中学校の通学区域について”. 玉名市. 2024年6月15日閲覧。 参考文献 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典 43 熊本県』角川書店、1987年12月8日。ISBN 4-04-001430-8。 関連項目 玉名市 外部リンク 玉名市役所 伊倉南方 宮原 宮原 伊倉南方 宮原・横田 片諏訪 伊倉南方 伊倉南方 天水町野部田 この項目は、日本の町・字に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:日本の町・字/Portal:日本の町・字)。表示編集 この項目は、熊本県に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Portal:日本の都道府県/熊本県)。表示編集 表話編歴 玉名市の町・字玉名地区 青木 青野 秋丸 安楽寺 伊倉北方 伊倉南方 石貫 岩崎 永徳寺 大倉 大浜町 小島 小野尻 片諏訪 上小田 亀甲 河崎 川島 川部田 北坂門田 北牟田 小浜 下 下小田 千田川原 高瀬 田崎 玉名 築地 月田 津留 寺田 富尾 中 中尾 中坂門田 滑石 箱谷 繁根木 松木 溝上 三ツ川 南坂門田 宮原 向津留 山田 山部田 横田 立願寺 両迫間 六田 岱明地区 岱明町扇崎 岱明町大野下 岱明町古閑 岱明町西照寺 岱明町下沖洲 岱明町下前原 岱明町庄山 岱明町上 岱明町高道 岱明町中土 岱明町鍋 岱明町野口 岱明町浜田 岱明町開田 岱明町三崎 岱明町山下 天水地区 天水町小天 天水町尾田 天水町竹崎 天水町立花 天水町野部田 天水町部田見 横島地区 横島町大園 横島町共栄 横島町横島 カテゴリ Related Articles