瑞光寺 (相模原市)
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本然学舎(寺子屋)から相模原市立旭小学校までのあゆみ
天正19年(1591年)に聖山大祝によって開山された[5]。開基は瑞光月心(俗称橋本勘十郎。天正14年没とも言われている)。曹洞宗の寺で、武蔵国多摩郡(現在の八王子)の高乗寺の末寺。山号は橋本山。本尊は釈迦如来である[6]。釣鐘の鋳造は貞享4年(1687年)[6]。この鐘は第二次世界大戦中に供出させられていて、現存しない。現在の釣鐘は近年奉献されたものである[7]。本堂、位牌堂、鐘楼は2011年11月に新しく建て替えられ、2012年4月29日に住職、本寺である高乗寺(八王子)の住職、檀家330人が参列して落慶式が行われた。[8]
江戸時代には寺子屋が開かれ、明治6年(1863年)には、現在の相模原市立旭小学校の前身となる本然学舎となった[9]。山門前には当時の生徒の子孫が建てた記念碑(本然学舎橋本学校開設の碑)がある[9]。この記念碑の裏には、最初に入学した6歳から12歳までの男子18名、女子2名、計20名の名前が記されている[9]。女子は加藤タキ[10]と牛久保イトである[9]。橋本の歴史に深く関わった相澤安右衛門、相澤菊太郎兄弟の名前もある[9]。
本然学舎は明治8年(1865年)に橋本学校となり、明治35年(1902年)に相原村立学校となり、翌明治36年(1903年)に校名を相原村立旭尋常小学校と改めた、と記されている[9]。
この「旭」という名前の由来としては次のように伝えられている。明治35年(1902年)それぞれの集落ごとにあった学校は、小学校令により統合され、現在の旭小学校の敷地に開校されることになった。しかしそれまでの相原村立学校という校名をめぐって小山・橋本・相原の各村が譲らず、村会が何度も開かれた[9]。1903年の2月8日に徹夜覚悟で村会を開くが、なかなかまとまらず、翌朝は一面の雪景色。太陽が雪に反射して輝く情景に感動した村長が、九日の文字を組み合わせて「旭」という名前が生まれ、旭尋常小学校と改名された[11]。
