瑞慶覧長方
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沖縄県島尻郡大里村(現・南城市)出身。1945年6月に多数の民間犠牲者を出した沖縄戦の南部戦線を生き残り、米国統治下で琉球大学理学部に入学。1953年に高良鉄夫助教授を団長とする尖閣諸島の生物分布調査に参加している[2]。大学卒業後、知念高校の教諭を経てサボテン研究家となり、特に南米産の品種を数多く紹介したことで沖縄の園芸界において広く名前を知られる存在となった。
1972年の沖縄返還後、沖縄社会大衆党公認で県議となり3期12年務めた[3]。その間1987年から1989年まで委員長を務めた。その後は、沖縄社会大衆党顧問及び参議院議員・山内徳信(社民党)後援会長などを務めた。また、沖縄戦を生き延びた経験について、各地で講演を行っていた[4]。