田中奏一

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カタカナ タナカ ソウイチ
ラテン文字 TANAKA Soichi
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1989-06-27) 1989年6月27日(36歳)
田中 奏一
名前
カタカナ タナカ ソウイチ
ラテン文字 TANAKA Soichi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1989-06-27) 1989年6月27日(36歳)
出身地 東京都世田谷区[1]
身長 172cm
体重 67kg
選手情報
ポジション DF (SB) / MF (WB)
利き足 右足[2]
ユース
日本の旗 エスペランサFC
2002-2004 日本の旗 FC東京U-15[3]
2005-2007 日本の旗 FC東京U-18
2008-2011 日本の旗 慶應義塾大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2012-2017 日本の旗 ファジアーノ岡山 91 (7)
2018-2020 日本の旗 鹿児島ユナイテッドFC 68 (5)
2021-2022 日本の旗 奈良クラブ 41 (2)
通算 200 (14)
代表歴
2009  日本 U-20
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

田中 奏一(たなか そういち、1989年6月27日 - )は、東京都世田谷区出身の元サッカー選手。ポジションは、ディフェンダーサイドバック(SB))、ミッドフィールダーウイングバック(WB))。

4歳からサッカーを始める[2]。中学・高校時はFC東京の下部組織に所属し、SBとして見出された[4]。同期は大竹洋平丸山祐市椋原健太廣永遼太郎田端信成岡田翔平宮阪政樹井澤惇加藤淳也など。2007年にはJリーグユース選手権大会で全国優勝。

2008年慶應義塾大学環境情報学部[4]に進学。ソッカー部で副将を務め[5]、同期で左SBの黄大城と共に強力なサイドアタックを展開した[6]。他の同期は河井陽介日高慶太など。2009年にはスピードと攻撃力を買われて[7]U-20日本代表に選出されている。

2012年より、Jリーグファジアーノ岡山に加入[8]。同年第35節愛媛FC戦でJリーグ初出場。2013年にかけて、澤口雅彦らとのポジション争い[9]を制し、右WBのレギュラーを奪った。2014年には突破力を活かしてチーム1位のクロス数を記録[10]。2015年は靭帯損傷により出遅れ[11]、さらに新加入の加地亮が先発定着したために[12]出場機会を半減させた。

2020年をもって鹿児島ユナイテッドFCを退団[13]

2021年より奈良クラブに移籍[14]

2022年末で奈良クラブとの契約が満了[15]

2023年3月16日、現役引退と奈良クラブアドバイザーに就任を発表[16]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2012岡山34J220-1030
201326312-10322
2014283-10293
2015120-00120
2016142-30172
201740-2060
2018鹿児島J3304-00304
2019J2120-10130
2020J3261--261
2021奈良2JFL242--242
2022170-10180
通算日本J2 1037-901127
日本J3 565-00565
日本JFL 412-10422
総通算 20014-10021014

代表歴

  • U-20日本代表
    • 2009年 - アルクディア国際ユーストーナメント[18](3位)

タイトル

クラブ
個人
  • 関東大学サッカーリーグ戦1部 ベストイレブン (2011年)[19]

脚注

関連項目

外部リンク

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