田中泰二郎
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1980年に世界ゴルフジュニア選手権の15~17歳部門で優勝し[1]、日本大学ゴルフ部では金子柱憲・東聡の2年後輩、米山剛・芹澤大介の2年先輩に当たる[2] [3]。
1982年にはアジアサーキット・マレーシアオープンに出場し、2日目に市川幹雄と並んで首位タイのテリー・ゲール(
オーストラリア)、デニー・ペプラー(
アメリカ合衆国)と2打差の5位タイと健闘[4]。
1984年のアジアサーキットでは香港オープンでベストアマを獲得し[5]、マレーシアオープンでは初日を5バーディー、1ボギーで古木譲二と共に4アンダー67の首位に立ったが[5]、2日目には73とスコアを崩し、通算140で9位タイに後退[6]。
卒業後の1986年4月にプロ入りし[2]、ゼンリン福岡オープンで優勝[7]。
1987年にはミズノプロ新人で優勝し[8]、三菱ギャランでは金井清一、グラハム・マーシュ(オーストラリア)と並んでの4位タイ[9]、東北クラシックでは牧野裕・三上法夫・渡辺司と並んでの5位タイ[10]、関東プロ4位[11]、大京オープンではブライアン・ジョーンズ(オーストラリア)、デビッド・イシイ(アメリカ)、秋富由利夫・謝敏男(
中華民国)・飯合肇と並んでの8位タイ[12]に入った。
1988年にはハワイパールオープンで日本勢最上位でイシイと並んでの2位タイ[13]、ダンロップオープンで尾崎将司・イシイに次ぐ3位[14]、フジサンケイクラシックでは尾崎直道・中村通と並んでの3位タイ[15]に入った。
1988年のインペリアルトーナメントでは初日を須貝昇・尾崎直道・川俣明・白浜育男と並んでの8位タイ[16]でスタートし、最終日には尾崎直と共に1アンダーで長谷川勝治・川俣茂と並んでのプレーオフにもつれ込んだが[17]、プレーオフでは3ホール目の17番でベテラン長谷川にバーディーを奪われ、尾崎直・川俣と並んでの2位タイに終わった[17]。
1989年にはマルマンオープンで新関善美・白浜育男と並んでの6位タイ[18]、大京オープンでは川上典一・中村と並んでの10位タイ[19]に入った。
2003年のJCBクラシック仙台[20]を最後にレギュラーツアーから引退し、現在はNHKをはじめ、CS、BSなどのラウンドレポーターや解説者として活躍[21]。