田中泰二郎

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生誕 (1963-01-05) 1963年1月5日(62歳)
身長 175 cm (5 ft 9 in)
体重 73 kg (161 lb)
国籍 日本の旗 日本
田中 泰二郎
Taijiro TANAKA
基本情報
生誕 (1963-01-05) 1963年1月5日(62歳)
身長 175 cm (5 ft 9 in)
体重 73 kg (161 lb)
国籍 日本の旗 日本
出身地 埼玉県
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田中 泰二郎(たなか たいじろう、1963年1月5日 - )は、埼玉県出身のプロゴルファー

1980年に世界ゴルフジュニア選手権の15~17歳部門で優勝し[1]日本大学ゴルフ部では金子柱憲東聡の2年後輩、米山剛芹澤大介の2年先輩に当たる[2] [3]

1982年にはアジアサーキットマレーシアオープンに出場し、2日目に市川幹雄と並んで首位タイのテリー・ゲールオーストラリアの旗 オーストラリア)、デニー・ペプラー(アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国)と2打差の5位タイと健闘[4]

1984年のアジアサーキットでは香港オープンでベストアマを獲得し[5]、マレーシアオープンでは初日を5バーディー、1ボギーで古木譲二と共に4アンダー67の首位に立ったが[5]、2日目には73とスコアを崩し、通算140で9位タイに後退[6]

卒業後の1986年4月にプロ入りし[2]ゼンリン福岡オープンで優勝[7]

1987年にはミズノプロ新人で優勝し[8]三菱ギャランでは金井清一グラハム・マーシュ(オーストラリア)と並んでの4位タイ[9]東北クラシックでは牧野裕三上法夫渡辺司と並んでの5位タイ[10]関東プロ4位[11]大京オープンではブライアン・ジョーンズ(オーストラリア)、デビッド・イシイ(アメリカ)、秋富由利夫謝敏男中華民国の旗 中華民国)・飯合肇と並んでの8位タイ[12]に入った。

1988年にはハワイパールオープン日本勢最上位でイシイと並んでの2位タイ[13]ダンロップオープン尾崎将司・イシイに次ぐ3位[14]フジサンケイクラシックでは尾崎直道中村通と並んでの3位タイ[15]に入った。

1988年のインペリアルトーナメントでは初日を須貝昇尾崎直道川俣明白浜育男と並んでの8位タイ[16]でスタートし、最終日には尾崎直と共に1アンダーで長谷川勝治川俣茂と並んでのプレーオフにもつれ込んだが[17]、プレーオフでは3ホール目の17番でベテラン長谷川にバーディーを奪われ、尾崎直・川俣と並んでの2位タイに終わった[17]

1989年にはマルマンオープン新関善美白浜育男と並んでの6位タイ[18]、大京オープンでは川上典一・中村と並んでの10位タイ[19]に入った。

2003年JCBクラシック仙台[20]を最後にレギュラーツアーから引退し、現在はNHKをはじめ、CS、BSなどのラウンドレポーターや解説者として活躍[21]

主な優勝

脚注

外部リンク

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