田村秋子
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小説家・劇作家の田村西男の長女として東京市下谷区に生まれる[1]。神田高等女学校卒業。1924年築地小劇場に入り、1925年3月、俳優友田恭助と結婚。結婚後の本名は伴田秋子。1927年「愛欲」などに出演する。1932年友田ともに築地座を結成、1936年解散。
1937年9月6日、夫とともに「文学座」の結成に参加。だが友田はすぐに日中戦争に召集され10月6日に戦没した。文学座は、11月31日、秋子を主役とした旗揚興行を予定していたが、秋子が「遺骨が戻ってくるまでは出演をしない」と拒否して公演は延期となった[3]。
戦後1949年、文学座に名誉座員として迎えられ、自作「姫岩」で舞台復帰し1950年『ヘッダ・ガブラー』に主演、自伝『一人の女優の歩んだ道』(1962)がある。また里見弴が秋子をモデルとして書いた小説が『宮本洋子』(苦楽社 1947)である。作家・豊田正子はその晩年を『花の別れ-田村秋子とわたし』(未來社 1985)に描いている。
その他
出演映画

- 『受胎』(1948年) - 高木ふさ
- 『幸福の限界』(1948年) - 母
- 『女の一生』(1949年) - 木村たき
- 『火山脈』(1950年) - 野口シカ
- 『えりことともに』(1951年) - 河村幸枝
- 『自由学校』(1951年) - 羽根田銀子
- 『少年期』(1951年) - 母
- 『本日休診』(1952年) - 湯川三千代
- 『愛の砂丘』(1953年) - 田島秋子
- 『幸福さん』(1953年) - 花子さん
- 『にごりえ』(1953年) - 齊藤もよ
- 『うちのおばあちゃん』(1955年) - 岡本あさま
- 『美わしき歳月』(1955年) - 祖母
- 『こころ』(1955年) - 未亡人
- 『風前の灯』(1957年) - 佐藤てつ