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目黒蒲田電鉄新奥沢線

かつて日本の東京市に存在した鉄道路線 From Wikipedia, the free encyclopedia

新奥沢線(しんおくさわせん)は、かつて雪ヶ谷駅(現・雪が谷大塚駅)から新奥沢駅までを結んでいた、池上電気鉄道→目黒蒲田電鉄(現・東急および東急電鉄)が運営していた鉄道路線である。

現況 廃止
起終点
駅数 3駅
概要 新奥沢線, 概要 ...
目黒蒲田電鉄 新奥沢線
調布学園のすぐ横を通る新奥沢線
概要
現況 廃止
所有者 池上電気鉄道→目黒蒲田電鉄
起終点
駅数 3駅
運営
歴史
開業 1928年10月5日 (1928-10-05)
廃止 1935年11月1日 (1935-11-1)
路線諸元
路線距離 1.44 km (0.89 mi)
軌間 1,067 mm (3 ft 6 in)
路線図
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停車場・施設・接続路線
(廃止当時)
STR
池上線
eBHF
0.0 雪ヶ谷駅 (I)
BHF
雪ヶ谷駅 (II)
xABZgl
池上線
exBHF
0.9 諏訪分駅
STR+r exSTR
目蒲線
BHF exSTR
奥沢駅
STR exKBHFe
1.44 新奥沢駅
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概要

現在の東急池上線に当たる路線を運営していた池上電気鉄道が、既存路線だけでは将来の発展が見込めないとして、国鉄中央本線国分寺駅方面への延伸を画策、1928年(昭和3年)に暫定的なものとして、雪ヶ谷駅(現・雪が谷大塚駅)より新奥沢駅に至る1.4kmの区間を開業させたものである。路線は雪ヶ谷駅を出てまもなく北西へ90度カーブし、後は直線的に進むものであって、直線部分は現在の環八通りに平行しており、調布高等女学校(現・田園調布学園)のすぐ裏を走っていた。

その暫定開業的性格から乗客数はもともと少なく、調布高等女学校の女生徒の利用が主であった。終点の新奥沢駅は諏訪分(現・東玉川)地内で奥沢地域に隣接してあり、駅名は「奥沢」を望んだが、目黒蒲田電鉄(後の東急目蒲線、現在の目黒線・東急多摩川線を運営)に奥沢駅が既に存在したことからこの名前となった。

しかし延伸計画の方は、五島慶太率いる目黒蒲田電鉄が大岡山駅 - 二子玉川駅間新線計画(現・東急大井町線)や田園調布開発計画に際し用地を確保していたこと、それに目黒蒲田電鉄そのものが池上電気鉄道の競合路線であり、五島がその事業拡大政策を妨害する方針を取っていたこともあり、頓挫する。池上電気鉄道そのものも、後に目黒蒲田電鉄に統合された。

五島が池上電気鉄道を買収してまもなく、同社では新奥沢線の廃止申請を出す。池上電気鉄道が目黒蒲田電鉄に統合された後も、暫定的に新奥沢線の運行は続けられたが、1935年(昭和10年)に廃止となった[1]。

路線データ

  • 路線距離:雪ヶ谷 - 新奥沢間 1.44 km
  • 駅数:3(起終点含む)
  • 軌間:1067 mm
  • 電化区間:全線(直流600 V)
  • 複線区間:なし(全線単線)

運行概要

1933年(昭和8年)10月1日当時

  • 列車運行間隔:午前4時50分から翌日午前0時50分まで、8分ないし16分間隔
  • 全線所要時間:3分
  • 全線運賃:5銭

車両は主に、4号電車と呼ばれる集電装置にポールとパンタグラフの両方を備えた車両を使用していた。

沿革

駅一覧

さらに見る 駅名, 駅間 キロ ...
駅名 駅間
キロ
営業
キロ
接続路線 所在地
雪ヶ谷駅 - 0.0 目黒蒲田電鉄:池上線 大森区
諏訪分駅 0.9 0.9   世田谷区
新奥沢駅 0.5 1.4  
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輸送実績

路線の実績は不明のため駅の計数を使用

さらに見る 年度, 新奥沢 ...
年度新奥沢諏訪分
乗車人員降車人員 乗車人員降車人員
19286,6997,055
192952,28752,980
193052,43841,841
193156,49848,507
193236,76753,794
193343,19750,036201,238203,541
193439,70048,642247,003246,953
193537,73744,100256,262250,454
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  • 東京府統計書各年度版
  • 諏訪分停留場は1933-1935年度のみ掲載

路線跡

  • 新奥沢駅跡(現在の世田谷区東玉川2丁目40付近[1])には現在、駅があったことを示す石碑が残されている。

脚注

関連項目

外部リンク

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