眉丈山
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| 眉丈山 | |
|---|---|
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眉の形をした山並みが特徴の眉丈山 | |
| 標高 | 188[1][2] m |
| 国 |
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| 所在地 | 石川県鹿島郡中能登町 |
| 位置 |
北緯36度58分33秒 東経136度52分18秒 / 北緯36.97583度 東経136.87167度
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| 山系 | 眉丈山系 |

眉丈山(びじょうざん)は、本州中部日本海側の能登半島中央部にある山。石川県羽咋市、羽咋郡志賀町、鹿島郡中能登町にまたがる。本項では、眉丈山から北方に広がる眉丈山地(眉丈山系)についても記述する。
能登半島中央部を南西から北東方向に横切るように延びる邑知平野(邑知潟地溝帯、邑知低地帯)の北辺に沿って、羽咋市柴垣町付近から鹿島郡中能登町一青(ひとと)付近まで標高100m-180mほどの峰が幅約4km、長さ約16kmにわたって連っている。そのなだらかな山並みから眉影山、美女山、眉山などとも呼ばれる[2]。
地質構造
能登半島北部は旧汀線高度の測定から宝立山地、鉢伏山地、猿山山地、桑塚山地、眉丈山地、邑知低地帯の6つの地塊に区分される[4]。これらの地塊が形成されたのは日本海の拡大期である新第三紀中新世前期から中期で、これらは地殻が伸張することで形成される正断層であったとされる[5]。眉丈山の地質は主にこの時期の堆積岩[4]であることから、この当時、眉丈山地は、現在とは逆に、邑知低地帯に対して沈降した北側低下の正断層であったと考えられている[5]。
日本海の拡大が停止すると、逆に能登半島は中新世後期に南北に圧縮され始め、また第四紀鮮新世後期以降は日本列島全体が東西に圧縮されるようになった。この地殻変動に伴い、これらの正断層が今度は逆断層となって再活動し、眉丈山地は隆起し邑知低地帯が沈降する現在の地形が作られたとされている[4][5]。現在、眉丈山地と邑地低地帯の断層は眉丈山断層帯と呼ばれる活断層帯となっている[4]。
雨の宮古墳群
その他
- 能登半島は本州最後のトキの生息地であったが、眉丈山は夏のねぐら、餌場となっていた。1961年(昭和36年)に眉丈山で5羽のトキが確認されている[8]。
- 雷ヶ峰の南を通る石川県道251号志賀鹿西線は、眉丈山地で隔てられた中能登町と志賀町を結び、邑知平野を縦断する国道159号とのと里山海道の上棚矢駄インターチェンジを連絡する路線であるが、眉丈山を越える徳丸峠は最大勾配が12.7%でカーブが続く難所であった。これを解消するため眉丈山トンネル(トンネル延長895m)が建設され[9]、2003年(平成15年)に完成した[10]。
周辺施設
交通アクセス
- 雷ヶ峰(雨の宮古墳群)まで
- JR七尾線能登部駅下車徒歩60分
- のと里山海道上棚矢駄インターチェンジから車で20分
