真剣勝負 (1971年の映画)

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真剣勝負』(しんけんしょうぶ)は、1971年2月20日公開の日本映画[1][2][3]東宝映画製作、東宝配給[1]。主演:中村錦之助、監督:内田吐夢。内田吐夢の遺作[4][5]

ぴあは「内田監督・中村主演の『宮本武蔵』シリーズ」の番外編と紹介しているが[6]、公開時の文献に「内田監督・中村主演の『宮本武蔵』シリーズ」全5部作の第3作『宮本武蔵 二刀流開眼』(1963年)とほぼ同じ内容と書かれたものもある[5]

スタッフ

製作

撮影

巨匠・内田吐夢はこれまでの半分以下という製作費しか与えられず[7]、主な出演者も中村錦之助 ら5人の少人数で、老巨匠にとっては過酷な条件ながら、不満をおくびにも出さず、病気の体をおしてまで執念を燃やし撮影に没頭した[7]。しかし本作のロケ中に倒れ入院[4][8]。いったんは復帰し、撮影を続行、映画を完成させた[4][8]

興行

完成品を観た東宝首脳は「内容が暗すぎる」と判断[5]。公開が決まらず[5][7]、そのままお蔵入りさせた[3][5][7]。本作の脚本で内田の友人でもあった伊藤大輔は「不本意な仕事でピリオドを打つことになったのは残念でたまらない」と述べた[7]

ところが1970年8月7日に内田が亡くなると、マスメディアは忘れられていた巨匠を大々的に取り上げた[5][7][8]。すると東宝内部から「何としても封切らなくては東宝のメンツに関わる」と声が上がり[5]、慌てた東宝首脳が熟考した結果、(映画自体が短いこともあり)一本立てはムリでも監督の過去作と併映すれば、故人のためにもなる」と映画の公開を決めた[5]。問題は内田の代表作は全て東映作品であることで[5]、今日とは違い、当時は東映の一人勝ち状態で[3]、東宝は東映に頭を下げなくてはならない状態[5]。結局、東宝サイドの希望する何本かは東映サイドに断られ[5]、「内田吐夢名作特別週間」と銘打ち、『飢餓海峡』との併映が決定したと一旦は報じられた[8]。東宝の劇場で東映作品が上映されるのは史上初とも報道されたが、その後何かしらの理由で、併映作品は同じ東宝作品である稲垣浩監督の『刑事物語 兄弟の掟』になった[3]。『キネマ旬報』はこの二本立ての興行価値は低いと評した[3]

1971年2月20日から3月5日まで千代田劇場一館のみで二週間上映[8]

作品の評価

同時上映

脚注

外部リンク

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