真田秀夫
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福井市出身[1][3]。弁護士・真田一夫、政乃夫妻の七男として生まれた[3]。福井県立福井中学校、第三高等学校を卒業[3]。大学在学中に高等試験司法科試験に合格[3]。京都帝国大学法学部を卒業[3]。1942年(昭和17年)1月、司法官試補となり[1]東京地方裁判所判事に任官[1][2][3]。召集され陸軍の戦車隊に配属されたが、海軍短期現役士官を志願し海軍法務官に転じ、終戦時は海軍法務中尉であった[1]。
戦後、裁判官に復帰したが[1]、1947年(昭和22年)法制局に転じ[3]参事官となり[1]、第二部長、第一部長、内閣法制次長などを歴任[3]。1976年(昭和51年)7月から1979年(昭和54年)11月まで、三木内閣、福田赳夫内閣、第1次大平内閣の内閣法制局長官を務めた[3][4]。退官後、1981年に病のため死去[2]。
法制局在職中に医務薬事法関係を担当し、その研究成果「判例にあらわれた『医業』の観念について」により1961年(昭和36年)順天堂大学から医学博士号を授与された[3]。