矢板明夫
日本の著作家、コメンテーター、ジャーナリスト、ラジオパーソナリティ (1972-)
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略歴・人物
千葉県出身[3]。中国天津市生まれの中国残留日本人2世で、15歳の時に日本に引き揚げ[1]、千葉市立稲毛高等学校卒業[4][5]。1997年(平成9年)慶應義塾大学文学部卒業、松下政経塾に入塾(第18期)。「中台関係台湾問題の平和解決における日本の役割をテーマ」に研修。2000年から中国社会科学院日本研究所の特別研究員、南開大学非常勤講師を務める[1]。2002年、中国社会科学院大学院博士課程修了後[3]、産業経済新聞社に入社。さいたま支局、熊谷通信部を経て産経新聞東京本社外信部。2007年から中華人民共和国の中国総局(北京市)特派員。2017年から東京本社外信部次長。2020年(令和2年)4月から台北支局長[1]。
2012年10月、文藝春秋から出版した著書『習近平 共産中国最弱の帝王』で、平成24年度・第7回「樫山純三賞」を受賞した[6]。
2024年5月末日、22年勤務した産経新聞を退職した[7]。
2026年7月6日、台中市で内のホテルで開かれたイベントでの講演を終えた後、会場を離れる際に男から握りこぶしで顔を殴られ、男は犯行後に逃走、矢板は医療機関を受診後警察に通報し、現地警察が同日午後台中国際空港で容疑者の男を逮捕した。台湾で対中政策を担う大陸委員会は同日、男は香港籍だと明らかにし、域外勢力が香港人の訪台における利便性を利用し、短期間だけ台湾に滞在して犯行後すぐに出境する「ヒット・アンド・アウェー」型の犯行を画策した強い疑いがあると指摘。中国で同月1日に「民族団結進歩促進法」が施行された後、高い象徴性を持つケースを選んで行われた最初の越境弾圧事件だとの見解を示した。矢板は、言論を生業とする者にとって、自身の発言が誰かの怒りを買ったとしても「暴力は決して許されない」と強調し、徹底した調査を求めた。また事件を受け、日本の対台湾窓口機関、日本台湾交流協会の片山和之台北事務所代表(大使に相当)が同日、「言論に対する暴力は断じて許されるものではない」とのコメントを発表した[8]。