石塚武生
From Wikipedia, the free encyclopedia
選手時代
國學院久我山高校3年でラグビーを始める。
早稲田大学ラグビー蹴球部では4年時で主将を務め、1974年の関東大学対抗戦、大学選手権の2冠に導く。同年、日本代表に初選出され、ニュージーランド遠征に参加。ニュージーランド学生代表戦で代表試合デビューを果たす。
卒業後の1975年、リコーに入社。代表では1980年以降主将を務め、1983年まで積み上げた28キャップは、1989年に林敏之に破られるまで最多記録であった。
現役時代は身長170センチメートル、体重75キログラムとフランカーとしては小柄ながら、果敢にタックルに向かう姿から「タックルマン」の愛称で親しまれた[2]。1975年9月24日のウェールズ戦は82-6で日本代表の大敗に終わったが、後半20分でJ・Jウィリアムズをタックルで止めたそのプレーは歴史的な場面として言い伝えられている[3]。
監督時代
その後は伊勢丹ラグビー部に移籍し、引退後は同チームの監督に就任。
チームを東日本リーグ昇格に導き、吉田義人らをスカウト後、全国社会人大会ベスト8を経験する。
また、母校である早稲田大学ラグビー蹴球部の監督を2年間(1996~1997年)務めた。
2001年から2006年まで日本ラグビーフットボール協会の普及育成担当を務める間には、U19日本代表団長兼監督(2003~2005年度)も兼務した。
また、オーストラリアラグビー協会公認コーチ資格レベル1取得、オーストラリアコーチ資格レベル2を取得した。
2006年、常総学院高等学校ラグビー部の監督に就任。