リコーブラックラムズ東京

日本のラグビーチーム From Wikipedia, the free encyclopedia

リコーブラックラムズ東京: RICOH BlackRams Tokyo)は、ジャパンラグビーリーグワンに所属しているラグビーチームである。略称表記は「BR東京」。ホストエリアは、東京都および世田谷区。練習グラウンドはリコー総合グラウンド(東京都世田谷区)[1]

クラブカラー  
愛称 ブラックラムズ
創設年 1953年
概要 クラブカラー, 愛称 ...
リコーブラックラムズ東京
クラブカラー  
愛称 ブラックラムズ
創設年 1953年
本拠地 東京都世田谷区
グラウンド 秩父宮ラグビー場
駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場
駅前不動産スタジアム
代表 鈴木寿人(ディレクター)
ヘッドコーチ タンバイ・マットソン
所属リーグ ジャパンラグビーリーグワン
ファースト
ジャージ
セカンド
ジャージ
公式サイト
https://blackrams-tokyo.com/
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概要

1953年創部。

1960年に発足した関東社会人リーグには初年度から参加(当時の社名は理研光学[2]。3部リーグからのスタートであったが、初年度から2年連続で3部で優勝を飾ると、2部に昇格した翌シーズンも優勝し、

参戦4年目となる1963年には1部リーグ昇格を果たした[2]。同じ年、社名がリコーに変更された。昇格2年目の1964年には春季リーグ優勝[注 1]、さらに翌1965年には秋季トーナメント優勝[注 1] を達成した[2]。この頃から1990年代の初頭まで四半世紀にわたり、三洋電機とリーグ優勝をほぼ独占した。

1988年に発足した東日本社会人リーグ2003年に発足したトップリーグにも、ともに初年度から参加している。2003年のトップリーグ参入に合わせて、チーム名をリコーブラックラムズに変更した。

全国社会人大会には1967年度に初出場。以降、最後の大会となる2002年度までの間に、近鉄トヨタ自動車三洋電機神戸製鋼に次いで歴代5位となる32回出場した。優勝3回(歴代6位タイ)、準優勝2回(歴代7位タイ)、通算84試合(歴代7位)、通算48勝(歴代8位)という記録を残している。

最盛期は1970年から1973年にかけて関東社会人リーグ4連覇、1972年から1973年にかけて社会人大会及び日本選手権の2連覇を達成した頃で、当時は和製オールブラックスの異名を取った。またこの頃、他の社会人強豪チームは主に高卒が中心で、大卒は数人程度加入させるという形が主流だったが、リコーは大卒の加入を積極的に進め、結果、短期間のうちに強豪チームを築き上げることに成功した。このようなシステムは、大学進学率が格段に上昇した1980年代後半あたりからごく当たり前となったが、リコーが台頭した1960年代後半頃は非常に珍しかった。

トップリーグでは、2004-2005シーズン序盤に神戸製鋼から32年ぶりに勝利を奪うなど時折活躍を見せたが、リーグ開幕となった2003-2004シーズンから4シーズン連続で入れ替え戦に回った。そして5シーズン目の2007-2008シーズンを13位で終えてトップイースト11への降格が決定した。1963年関東社会人リーグ1部に昇格して以来、この年まで45シーズン連続で1部に在籍した。

2008-2009シーズンはトップイースト11を全勝で1位通過。トップチャレンジシリーズでも2戦2勝で1位となり、1年でトップリーグ復帰を果たした。同時に日本選手権の出場権も獲得した。日本選手権では準決勝に進出したが、優勝した三洋電機ワイルドナイツに敗れた。2009-2010シーズンはトップリーグで12位になり入れ替え戦に回ったが残留を決めた。

2021年7月16日、新リーグジャパンラグビーリーグワンの1部リーグに振り分けされることになった[3]

マスコット

ラムまる

羊がモチーフ[4]リーグワンマスコット総選挙において、初年度2022シーズン、2022-23シーズンで2連覇[5][6]。2023-24シーズンは2位となったが[7][8]、2024-25シーズンで優勝し、最多3勝となる[9]

ちあちあラムズ

2025-26シーズン応援アンバサダーキャラクター。元気な羊の子らむぅ、シャイな「羊?」の子うりゅふの二人組。「ちあちあ」は「応援すること」を意味する[10][11]サンエックスが2024年7月に発表した既存のキャラクター[12]

チームビジョン、スローガン

  • チームビジョンは、「Be a Movement.」[13]
  • 2023-24シーズンスローガン:「BREAKTHROUGH」[14]
  • 2024-25シーズンスローガン:「Reboot」- リブートと読む。再起動などの意味。[15]
  • 2025-26シーズンスローガン:「Reignite」- リイグナイトと読む。「再び闘志に火をつけろ」という意味。[16]

地域協業

  • 2020年6月26日、生涯スポーツの推進等を目的に、世田谷区と相互連携・支援協力に関する協定を締結した[17]
  • 2023年12月22日から2024年2月まで、ホストエリア地域協業として、世田谷区内のユニクロ5店舗で、選手の写真とインタビュー記事をヒートテック製品の売り場に掲示するキャンペーンを実施[18][19]。2024年12月にも、世田谷区内のユニクロ5店舗で店頭プロモーションを実施[20]
  • 2023年12月16日から2024年5月5日まで、世田谷エリアの東急田園都市線6駅で駅係員がチーム応戦用ベースボールシャツを着用[21]
  • 2025年9月、世田谷区と「災害対策における協力体制に関する協定書」を締結。災害時における施設の提供(避難場所、避難施設、物資集積場所・配送拠点、応急活動場所)と、人的な支援(ボランティア活動、従業員等の派遣)を行い、平時における啓発活動への協力、区または区内団体が実施する防災訓練への参加・協力を行う[22][23]
  • 2025年12月1日から12日まで「区役所ブラックラムズデー」を実施し、世田谷区の本庁舎、各総合支所、まちづくりセンター、図書館、児童館などで、リコーブラックラムズ東京に関する展示を行う。2026年1月30日から2月26日まで、中央図書館でもスポーツ観戦やラグビーに関する本と共に展示。2026年2月7日に駒沢オリンピック公園総合運動場中央広場で「ラグビーフェスティバル~世田谷区×ブラックラムズデー~」を実施[24]

歴史

  • 1953年 - 理研光学(現リコー)のラグビーチームとして創部
  • 1960年 - 第1回関東社会人リーグに参戦。3部リーグ優勝
  • 1962年 - 2部リーグ昇格、優勝
  • 1963年 - 1部リーグ昇格(春季リーグ4位)
  • 1964年 - 春季リーグ初優勝
  • 1965年 - 秋季トーナメント初優勝
  • 1967年 - 全国社会人ラグビーフットボール大会初出場(ベスト4進出)
  • 1970年 - 全国社会人ラグビーフットボール大会初優勝[注 2]
  • 1972年 - 全国社会人ラグビーフットボール大会優勝、日本選手権初優勝
  • 1973年 - 全国社会人ラグビーフットボール大会、日本選手権ともに2連覇
  • 1988年 - 東日本社会人リーグに参戦
  • 1992年 - 東日本社会人リーグ初優勝[注 3]
  • 2003年 - トップリーグに参戦
  • 2008年 - トップイースト11に降格
  • 2009年 - トップイースト11優勝、1年でトップリーグに復帰
  • 2022年 - ジャパンラグビーリーグワンDIVISION1で参戦

タイトル

全国大会

最上位リーグ

下位リーグ

カップ戦

7人制大会

成績

全国社会人大会戦績

さらに見る 回, 年度 ...
年度地区成績備考
201967東京ベスト432014453-9リコーのチーム名で出場
211968東京ベスト821012536-11
221969東京1回戦敗退1001619-13
231970東京優勝[注 2]4310772255両チーム優勝[注 2]
241971東京準優勝430115825133
251972東京優勝440015922137日本選手権に出場
261973東京優勝44001212299日本選手権に出場
271974東京準優勝43011313299
281975東京ベスト43210963858準決勝は引分(抽選で敗退)
301977東京1回戦敗退1001333-30
321979東京ベスト82101352411
331980東京1回戦敗退10011929-10
341981東京ベスト82101381622
351982東京ベスト43201623329
361983東京ベスト82101461729
371984東京ベスト82101491633
391986東京1回戦敗退1001913-4
411988東日本ベスト43201674126
421989東日本1回戦敗退1001947-38
431990東日本ベスト82101372710
441991東日本ベスト821013966-27
451992東日本ベスト43201756411
461993東日本ベスト432011157144
471994東日本1回戦敗退10011451-37
481995東日本ベスト842021218833
491996東日本ベスト84202132197-65
501997東日本予選プール敗退310263126-63
511998東日本ベスト84202887216
521999東日本ベスト842021328448
532000東日本1回戦敗退10011745-28
542001東日本1回戦敗退10011287-75
552002東日本ベスト4530212210022日本選手権に出場
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リーグ戦戦績

トップリーグ創設以前

さらに見る 年度, 所属リーグ ...
年度所属リーグDiv.順位試合勝利引分敗戦得点失点得失差備考
1960関東社会人リーグ 秋季トーナメント2回戦2101345292回戦は不戦敗
関東社会人リーグ 春季リーグ 3部-A3部1位6600≥121≥27不明2試合のスコア不明
1961関東社会人リーグ 秋季トーナメント3回戦21012326-32回戦から登場
関東社会人リーグ 春季リーグ 3部-黄3部1位6600≥100≥11不明2試合のスコア不明
1962関東社会人リーグ 秋季トーナメントベスト832015625312回戦から登場
関東社会人リーグ 春季リーグ 2部2部優勝7700≥168≥14不明1試合のスコア不明
1963関東社会人リーグ 秋季トーナメント1回戦10011120-9
関東社会人リーグ 春季リーグ 1部1部3位7502≥109≥42不明1試合のスコア不明
同率3位
1964関東社会人リーグ 秋季トーナメントベスト83201≥66≥26不明2回戦から登場
2回戦のスコア不明
関東社会人リーグ 春季リーグ 1部1部優勝75201254976
1965関東社会人リーグ 秋季トーナメント優勝5500≥50≥30不明2回戦から登場
2回戦・準決勝のスコア不明
関東社会人リーグ 春季リーグ 1部1部7位721497970
1966関東社会人リーグ 秋季トーナメント優勝5500188341542回戦から登場
関東社会人リーグ 春季リーグ 1部1部3位74031049410
1967関東社会人リーグ 秋季トーナメントベスト83210≥68≥25不明2回戦から登場
3回戦のスコア不明
準々決勝は引分(抽選で敗退)
関東社会人リーグ 春季リーグ 1部-A1部1位4301837583チーム同率1位
優勝決定戦は実施されず
1968関東社会人リーグ 秋季トーナメントベスト432016938314回戦から登場
関東社会人リーグ 春季リーグ 1部-B1部1位440013532103優勝決定戦は実施されず
1969関東社会人リーグ 1部-A1部1位4400≥37≥13不明3試合のスコア不明
優勝決定戦で東京三洋に敗戦[注 5]
1970関東社会人リーグ 1部-A1部優勝44009335581試合は不戦勝
優勝決定戦で東京三洋に勝利
1971関東社会人リーグ 1部-B1部優勝440013917122優勝決定戦で東京三洋に勝利
1972関東社会人リーグ 1部-B1部優勝440013261261試合は不戦勝
優勝決定戦で警視庁に勝利
1973関東社会人リーグ 1部-A1部優勝440011571081試合は不戦勝
優勝決定戦で警視庁に勝利
1974関東社会人リーグ 1部-A1部1位540118257125同率1位
優勝決定戦に進出できず
1975関東社会人リーグ 1部-A1部優勝550018830158優勝決定戦で警視庁に勝利
1976関東社会人リーグ 1部-B1部1位550019152139優勝決定戦で東京三洋に敗戦
1977関東社会人リーグ 1部-A1部2位54011557976
1978関東社会人リーグ 1部-A1部1位540116773943チーム同率1位
優勝決定戦で東京三洋に敗戦
1979関東社会人リーグ 1部-A1部優勝550027056214優勝決定戦で横河電機に勝利
1980関東社会人リーグ 1部-B1部3位53021028814
1981関東社会人リーグ 1部-A1部2位540118368115
1982関東社会人リーグ 1部-A1部1位55001113378優勝決定戦で東京三洋に敗戦
1983関東社会人リーグ 1部-B1部2位53021228339同率2位
1984関東社会人リーグ 1部-A1部2位54011658580
1985関東社会人リーグ 1部-A1部優勝540113746913チーム同率1位
優勝決定戦で東芝府中に勝利
1986関東社会人リーグ 1部-A1部優勝550014737110優勝決定戦でサントリーに勝利
1987関東社会人リーグ 1部-A1部2位540115768891試合は不戦勝
1988東日本社会人リーグ1部3位7403220891313チーム同率3位
1989東日本社会人リーグ1部3位741222112398同率3位
1990東日本社会人リーグ1部2位7511281108173
1991東日本社会人リーグ1部6位72051711647
1992東日本社会人リーグ1部優勝7601234131103三洋電機と同率優勝
1993東日本社会人リーグ1部2位750217812652同率2位
1994東日本社会人リーグ1部4位730416316213チーム同率4位
1995東日本社会人リーグ1部3位740316812840同率3位
1996東日本社会人リーグ1部7位7106178238-60
1997東日本社会人リーグ1部6位7205178233-55
1998東日本社会人リーグ1部5位730422118041同率5位
1999東日本社会人リーグ1部3位750226116299同率3位
2000東日本社会人リーグ1部6位7205160325-165
2001東日本社会人リーグ1部4位7304157240-833チーム同率4位
2002東日本社会人リーグ1部3位7502179235-56
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トップリーグ

さらに見る シーズン, 所属リーグ ...
シーズン所属リーグDiv.順位試合勝利引分敗戦得点失点得失差勝点結果カップ戦日本選手権
2003-2004トップリーグ1部9位11308273402-12919リーグ戦:9位
入替戦:残留
2004-2005トップリーグ1部10位11407207370-16318リーグ戦:10位
入替戦:残留
2005-2006トップリーグ1部11位11209137398-26110リーグ戦:11位
入替戦:残留
2006-2007トップリーグ1部11位13409233371-13821リーグ戦:11位
入替戦:残留
2007-2008トップリーグ1部13位133010217399-18217リーグ戦:13位
トップイースト11に自動降格
2008-2009トップイースト112部優勝101000    リーグ戦:1位
トップチャレンジ1:トップリーグに自動昇格
 ベスト4
2009-2010トップリーグ1部12位13409262422-16019リーグ戦:12位
入替戦:残留
 
2010-2011トップリーグ1部7位13607364389-2532リーグ戦:7位 
2011-2012トップリーグ1部7位137153863335338リーグ戦:7位 
2012-2013トップリーグ1部10位13508322360-3828リーグ戦:10位 
2013-2014トップリーグ1部11位7115142196-549リーグ戦:1stステージ・プールB・7位 
74032171506725リーグ戦:2ndステージ・グループB・3位
2014-2015トップリーグ1部9位72051831602314リーグ戦:1stステージ・プールB・6位 
76011991029732リーグ戦:2ndステージ・グループB・1位
2015-2016トップリーグ1部13位7007129282-1532リーグ戦:プールA・8位
順位決定トーナメント:13位
入替戦:残留
プレシーズンリーグ:6位
2016-2017トップリーグ1部6位158073903622840リーグ戦:6位 
2017-2018トップリーグ1部7位139043142397543リーグ戦:ホワイトカンファレンス・3位
総合順位決定トーナメント:7位
 
2018-2019トップリーグ1部8位74031911652620リーグ戦:ホワイトカンファレンス・4位
総合順位決定トーナメント:8位
トップリーグカップ:9位
2020トップリーグ1部大会中止[25]トップリーグカップ:プール戦敗退[注 6]
2021トップリーグ1部5位7304179184-517リーグ戦:ホワイトカンファレンス・4位
プレーオフトーナメント:ベスト8
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ジャパンラグビーリーグワン

さらに見る シーズン, ディビジョン ...
シーズン ディビジョン 最終順位 リーグ順位試合数勝点得点失点得失差 入替戦 / プレーオフ 備考
2022 ディビジョン1 9位 9位/12チーム16214012276480-204 なし [26]
2022-23 ディビジョン1 7位 7位/12チーム1630601041438430 なし [27]
2023-24 ディビジョン1 10位 10位/12チーム16173013321203-182 DIVISION2 3位と入替戦
勝利し残留
[28][29][30]
2024-25 ディビジョン1 7位 7位/12チーム18336012504521-17 なし [31]
2025-26 ディビジョン1 5位 5位/12チーム1841909502551-49 5位/6チーム
(プレーオフ準々決勝で敗退)
[32][33]
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2025-26シーズンの順位

さらに見る リーグ戦順位, カンファレンス ...
JAPAN RUGBY LEAGUE ONE 2025-26 DIVISION 1 順位表
2026年6月6日・プレーオフ3位決定戦終了時点。出典:[34]
編集
全18節(各チーム18試合)で「勝ち点」を競う。第6節から第13節までの8試合は他のカンファレンスと対戦。他は同じカンファレンスで対戦する。
リーグ戦順位 カンファレンス チーム 試合数 勝ち点 得点 失点 得失点差 T G PG DG 反則数 プレーオフ (PO)
または
入替戦
最終結果
1位 B コベルコ神戸スティーラーズ 18751602750456294 1128380215 第13節でPO決定 最終順位 優勝
2位 A 埼玉パナソニックワイルドナイツ 18741602664336328 9371190166 第13節でPO決定 最終順位3位
3位 B クボタスピアーズ船橋・東京ベイ 18701404709357352 10274170167 第13節でPO決定 最終順位 準優勝
4位 B 東京サントリーサンゴリアス 184890962553887 8759240168 第17節でPO決定 最終順位4位
5位 B リコーブラックラムズ東京 1841909502551-49 6647260158 第17節でPO決定 最終順位5位
6位 A 東芝ブレイブルーパス東京 18398010478628-150 725340235 第17節でPO決定 最終順位6位
7位 A 静岡ブルーレヴズ 18367011579617-38 866190220
8位 B 三重ホンダヒート 18347011475611-136 7145100208
9位 B トヨタヴェルブリッツ 18337011541585-44 7757140194
10位 A 横浜キヤノンイーグルス 18306012454597-143 6542150221
11位 A 浦安D-Rocks 18205013421711-290 5843150191第16節で
入替戦決定
入替戦で勝利し
残留
12位 A 三菱重工相模原ダイナボアーズ 18204014425636-211 6340100220第17節で
入替戦決定
入替戦で勝利し
残留

 勝ち点は、勝ち4点、引き分け2点、負け0点。ボーナスポイント (BP)として、3トライ差以上での勝ちで1点、7点差以内の負けで1点を、勝ち点に加える。

  • 同じ勝ち点の場合は、下記の順番で順位を決定する[35]。下記 4.以降は、前シーズンから変更された項目である。
  1. ) 勝ち点
  2. ) 勝利数
  3. ) 1.と 2.が同数だったチーム間の勝ち点
  4. ) 1. 2. 3.が同数だったチーム間の試合での、勝利数
  5. ) 1.から 4.までが同数だったチーム間の試合での、得失点差
  6. ) 全試合の得失点差
  7. ) 当該チーム間の試合での、トライ合計数(ペナルティトライを含む)
  8. ) 全試合での、トライ合計数(ペナルティトライを含む)
  9. ) 抽選
  • ただし、上記 3. 4. 5. 7.は、3チーム以上で対戦試合数が同じでない場合には、それぞれ1試合平均値で決定する。1試合平均値とは「合計値÷対戦試合数」とする。
  • 上位6チームは、プレーオフへ進出。
  • 1位と2位には、
    プレーオフ1回戦が免除され、
    準々決勝から出場するシード権が与えられる。
  • 11位はDIVISION2の2位と、
    12位はDIVISION2の1位と、
    それぞれ入替戦を行う。
  • 入替戦は、左記と同様に、勝ち点→勝利数→得失点差→トライ数で決まる。ボーナスポイントも同様に付く。
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2025-26シーズンのスコッド

カテゴリA(日本代表の実績または資格あり)は、試合登録枠17名以上、同時出場可能枠11名以上。カテゴリB(日本代表の資格獲得見込み)は、試合登録枠・同時出場可能枠ともに任意。カテゴリC(他国代表歴あり等、カテゴリ A, B以外)は、試合登録枠3名以下。

リコーブラックラムズ東京2025-26シーズンのスコッドは下記のとおり[36]。2026年3月17日現在。年齢は、開幕日(2025年12月13日)時点で固定。

ヘッドコーチ: タンバイ・マットソン

さらに見る 選手, ポジション ...
選手ポジション身長体重誕生日(年齢)登録区分
三竹康太PR175cm110kg (1996-04-28)1996年4月28日(29歳)カテゴリA
パディー・ライアンPR190cm116kg (1988-08-09)1988年8月9日(37歳)カテゴリC
中村公星PR183cm111kg (2001-01-25)2001年1月25日(24歳)カテゴリA
大山祥平PR186cm115kg (1998-11-15)1998年11月15日(27歳)カテゴリA
谷口祐一郎PR180cm108kg (1998-06-04)1998年6月4日(27歳)カテゴリA
笹川大五PR187cm115kg (1997-08-03)1997年8月3日(28歳)カテゴリA
千葉太一PR176cm115kg (1994-09-22)1994年9月22日(31歳)カテゴリA
西和磨PR180cm105kg (1995-08-10)1995年8月10日(30歳)カテゴリA
津村大志PR172cm108kg (2001-04-30)2001年4月30日(24歳)カテゴリA
サミュエラ・ワカヴァカPR183cm113kg (2001-08-19)2001年8月19日(24歳)カテゴリA
足立友哉HO180cm115kg (2004-09-04)2004年9月4日(21歳)カテゴリA
李淳弘HO171cm100kg (2002-06-29)2002年6月29日(23歳)カテゴリA
佐藤康HO170cm98kg (1999-05-10)1999年5月10日(26歳)カテゴリA
武井日向HO171cm98kg (1997-06-17)1997年6月17日(28歳)カテゴリA
大西将史HO180cm110kg (1995-02-21)1995年2月21日(30歳)カテゴリA
大内真HO183cm107kg (1997-07-26)1997年7月26日(28歳)カテゴリA
ニック・スーチョンHO180cm110kg (1997-08-13)1997年8月13日(28歳)カテゴリB
フィリックス・カラプLO195cm118kg (1999-09-27)1999年9月27日(26歳)カテゴリB
岸佑融LO191cm106kg (2002-08-02)2002年8月2日(23歳)カテゴリA
マイケル・アラダイスLO200cm112kg (1991-10-19)1991年10月19日(34歳)カテゴリA
ジョシュ・グッドヒューLO199cm112kg (1995-06-13)1995年6月13日(30歳)カテゴリB
山本秀LO190cm108g (1999-06-01)1999年6月1日(26歳)カテゴリA
ハリソン・フォックスLO198cm118kg (2000-11-01)2000年11月1日(25歳)カテゴリA
ファカタヴァタラウ侍LO191cm112kg (1994-12-07)1994年12月7日(31歳)
ロトアヘアポヒヴァ大和LO192cm120kg (1988-08-10)1988年8月10日(37歳)カテゴリA
山本嶺二郎LO191cm110kg (2002-03-18)2002年3月18日(23歳)カテゴリA
リアム・ギルFL186cm105kg (1992-06-08)1992年6月8日(33歳)カテゴリA
マクカラン ブロディFL193cm106kg (1994-05-24)1994年5月24日(31歳)カテゴリA
山村勝悟NO8178cm103kg (2001-03-24)2001年3月24日(24歳)カテゴリA
ファカタヴァアマトNO8195cm118kg (1994-12-07)1994年12月7日(31歳)カテゴリA
松橋周平NO8180cm100kg (1993-11-24)1993年11月24日(32歳)カテゴリA
木原音弥NO8186cm98kg (2000-02-27)2000年2月27日(25歳)カテゴリA
TJ・ペレナラ キャプテンSH181cm92kg (1992-01-23)1992年1月23日(33歳)カテゴリC
南昂伸SH166cm72kg (1999-03-03)1999年3月3日(26歳)カテゴリA
高橋敏也SH182cm83kg (1993-10-22)1993年10月22日(32歳)カテゴリA
稲葉聖馬SH166cm74kg (2002-01-27)2002年1月27日(23歳)カテゴリA
中楠一期SO174cm84kg (2000-06-01)2000年6月1日(25歳)カテゴリA
堀米航平SO177cm89kg (1995-09-18)1995年9月18日(30歳)カテゴリA
伊藤耕太郎SO177cm86kg (2001-11-15)2001年11月15日(24歳)カテゴリA
秋濱悠太WTB174cm85kg (2002-05-16)2002年5月16日(23歳)カテゴリA
古賀由教WTB176cm82kg (1998-08-28)1998年8月28日(27歳)カテゴリA
山村知也WTB174cm82kg (1997-12-02)1997年12月2日(28歳)カテゴリA
高本とむWTB182cm92kg (2001-10-10)2001年10月10日(24歳)カテゴリA
ラメカ・ポイヒピCTB183cm105kg (1998-10-14)1998年10月14日(27歳)カテゴリB
久木野太一CTB178cm89kg (2002-10-21)2002年10月21日(23歳)カテゴリA
PJ・ラトゥCTB187cm104kg (2000-10-24)2000年10月24日(25歳)カテゴリA
青木拓己CTB185cm90kg (2000-04-07)2000年4月7日(25歳)カテゴリA
シオペ・タヴォCTB189cm104kg (1997-06-19)1997年6月19日(28歳)カテゴリA
池田悠希CTB187cm98kg (1995-05-21)1995年5月21日(30歳)カテゴリA
西川大輔CTB184cm90kg (1997-08-24)1997年8月24日(28歳)カテゴリA
栗原由太CTB179cm88kg (1997-10-12)1997年10月12日(28歳)カテゴリA
礒田凌平CTB178cm90kg (1996-07-22)1996年7月22日(29歳)カテゴリA
ラズロー・ソードCTB193cm105kg (2003-05-06)2003年5月6日(22歳)カテゴリB
アイザック・ルーカスFB179cm84kg (1999-02-11)1999年2月11日(26歳)カテゴリA
メイン平FB180cm90kg (2000-09-05)2000年9月5日(25歳)カテゴリA
以下は、アーリーエントリー登録選手
松原結生PR177cm120kg (2003-05-24)2003年5月24日(22歳)カテゴリA
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過去の所属選手

【2024年5月退団】

【2025年5月退団】

【2025年9月退団】

脚注

関連項目

外部リンク

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