石田進

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生年月日 (1958-09-02) 1958年9月2日(67歳)
出生地 茨城県波崎町(現・神栖市
所属政党無所属→)
自由民主党→)
無所属
石田 進
いしだ すすむ
生年月日 (1958-09-02) 1958年9月2日(67歳)
出生地 茨城県波崎町(現・神栖市
出身校 東海大学政治経済学部
所属政党無所属→)
自由民主党→)
無所属
公式サイト 石田進公式サイト - 魅力ある・誇れる神栖市を目指して
当選回数 2回
在任期間 2017年12月6日 - 2025年12月5日
選挙区 鹿島郡選挙区→
神栖市選挙区
当選回数 3回
在任期間 2007年1月8日 - 2017年
神栖市旗 神栖市議会議員
当選回数 在任特例
在任期間 2005年8月1日 - 2006年
波崎町旗 波崎町議会議員
当選回数 1回
在任期間 2003年4月 - 2005年8月1日
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石田 進(いしだ すすむ、1958年昭和33年〉9月2日[1] - )は、日本政治家。前茨城県神栖市長(2期)。元茨城県議会議員(3期)、元神栖市議会議員(1期)、元波崎町議会議員(1期)。

茨城県波崎町(現・神栖市)出身[2]。波崎町立波崎第一中学校、千葉県立銚子商業高等学校東海大学政治経済学部卒業[3]。大学4年時に学園祭実行委員長を務めた[4]

2003年に波崎町議会議員に当選。2005年(平成17年)8月1日、波崎町が神栖町に編入されて神栖市が誕生。在任特例により神栖市議会議員となる[5]

2006年12月の茨城県議会議員選挙に鹿島郡選挙区から無所属で立候補し初当選[6]。2007年(平成19年)1月8日に就任。2010年(平成22年)の県議選自由民主党公認で立候補し再選。2014年(平成26年)に3選。

2017年(平成29年)7月31日、任期満了に伴う神栖市長選挙に立候補する意向を表明[7]。神栖市は同年5月に総工費約121億円の「神栖中央公園防災アリーナ(仮称)」の工事に着工しているが[8]、石田は計画見直しを訴え11月19日の市長選に臨んだ。計画推進派の伊藤大、境川幸雄の2名の元市議[9]を破り初当選を果たした。12月6日、市長就任[10]

※当日有権者数:76,213人 最終投票率:54.91%(前回比:増加10pts)

候補者名年齢所属党派新旧別得票数得票率推薦・支持
石田進59無所属22,933票55.23%
伊藤大44無所属12,870票31.00%
境川幸雄57無所属5,719票13.77%

2021年(令和3年)11月7日執行の市長選挙で元市議の伊藤大を破り再選[11]

※当日有権者数:77,130人 最終投票率:49.35%(前回比:減少5.56pts)

候補者名年齢所属党派新旧別得票数得票率推薦・支持
石田進63無所属21,891票58.08%
伊藤大48無所属15,803票41.92%

2025年(令和7年)11月9日執行の市長選挙は元市議の木内敏之との一騎打ちとなった。18時に投票が締め切られた[12]のち、19時30分からかみす防災アリーナで開票作業が始まった。21時過ぎ、石田は選挙事務所で「敗戦の弁」を述べた。21時20分頃、木内の選挙事務所に「当選確実」の情報が伝えられ、木内は支援者と万歳をした。21時25分、開票所で「石田候補16,724票。木内候補16,724票。開票率100%」とのアナウンスが響いた[13][14]。得票同数のため公職選挙法第95条第2項の規定に則り選挙管理委員会立会いの下で籤引きが実施され、その結果、木内が当選人となった[12][15][16][17][18][19]。有効投票総数は33,448票、無効投票総数は219票だった[12]

※当日有権者数:76,130人 最終投票率:44.22%(前回比:減少5.13pts)

候補者名年齢所属党派新旧別得票数得票率推薦・支持
木内敏之64無所属16,724票50.00%
石田進67無所属16,724票50.00%

同年11月10日、政治団体「石田進後援会」代表者の飯田耕造[20]は、立会人が開票作業で有効票と思われる票が無効票として扱われるのを見たとして、票の再確認を求めて市選挙管理委員会に異議を申し立てた[21][22][23]。11日、市選管は票の再点検を実施すると決定した[22]。19日、神栖市議会議員の遠藤貴之も異議を申し立てた[24]。26日午前9時半から票の再点検が行われ、5時間余りかかった点検は14時40分に得票・無効票いずれも変わりなしとの確定結果が出された[25][26]。12月5日、市選管は、飯田の11月10日提起分、遠藤の11月19日提起分、それぞれの異議申し立てを棄却した[23][24]

木内の有効票の中には「まんじゅうや」と記載された票が1票、「だんごさん」と記載された票が1票あった[27][28]。市選管は有効とした理由として、「木内氏の家は明治34年創業の木内製菓で、木内氏の兄はその代表取締役である」「商品は市内スーパー等をはじめ広く取り扱われており、木内氏は一定の範囲の市民や市職員の一部から『まんじゅうや』と日常的に呼称されている」などと説明した[29]

これに対して石田、遠藤、飯田らは、無効票として扱って票の再々点検を行うよう、当選無効の審査申し立てを行った[30][31][28]。石田と遠藤は申し立て書の中で「木内製菓を『まんじゅうや』と呼ぶことはあっても、木内氏を『まんじゅうや』と呼ぶことは一般的ではない」と述べ、飯田は「市内には、『まんじゅう』や『だんご』を製造販売する店舗は多数ある。『まんじゅうや』が屋号として使われているわけでもなく、選挙公報[32]においても木内氏が木内製菓の役員等を務めているなどの記述はない」と述べた[29]。12月26日、県選挙管理委員会は石田・遠藤の申し立て、飯田の申し立てをともに受理した[29]

2026年3月17日、県選挙管理委員会は3月21日に票の再々点検を行うことを決定し、全票の記載内容の確認と「慎重な判断が必要と思われる票」を抽出して有効・無効を判断するとした[33]

同年4月28日、県選管は、木内の当選を無効とする裁決を行なった。県選管は、「『だんご』『まんじゅう』が木内製菓の取扱商品として神栖市内で認知されていたことは認められるが、『だんごさん』や『まんじゅうや』が、木内氏の通称として広く使用されていると認めるに足りる証拠はない」として当該2票を無効とし、石田の有効票にも1票無効票があったとして、木内の得票数を16,722票、石田の得票数を16,723票と判断した[28][27][29]。同日、木内は提訴する意向を示した。地方自治法に基づき、裁決か判決が確定するまで木内が市長の職にとどまる[34]

市政

  • 2020年(令和2年)5月29日、新型コロナウイルス対策の財源に充てるため、自身の6月期末手当を20%減額すると発表した。副市長と教育長については10%減額する[35]

選挙歴

当落選挙執行日年齢選挙区政党得票数得票率定数得票順位
/候補者数
政党内比例順位
/政党当選者数
2003年旧波崎町議会議員 2003年4月27日 44   無所属 1054票   26 3/27  
2006年茨城県議会議員選挙 2006年12月10日 48 旧鹿島郡選挙区 無所属 1万6191票   3 2/5  
2010年茨城県議会議員選挙 2010年12月12日 52 神栖市選挙区 自由民主党 1万3153票   2 2/3  
2014年茨城県議会議員選挙 2014年12月14日 56 神栖市選挙区 自由民主党 1万4560票   2 1/3  
2017年神栖市長選挙 2017年11月19日 59   無所属 2万2933票   1 3  
2021年神栖市長選挙 2021年11月7日 63   無所属 2万1891票 58.1% 1 2  
2025年神栖市長選挙 2025年11月9日 67   無所属 1万6724票 50.0% 1 2/2 (同点くじ引き)

脚注

参考文献

外部リンク

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