破虜湖の戦い

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破虜湖の戦い
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破虜湖の戦いで韓国軍に捕らえられた後、処刑されると思い、韓国兵に命乞いをする中国捕虜
戦争:朝鮮戦争
年月日1951年5月17日
場所朝鮮半島華川ダム破虜湖
結果:国連軍の勝利
交戦勢力
国際連合の旗 国連軍
中華人民共和国の旗 中国
指導者・指揮官
張都暎准将 傳崇碧
戦力
第6師団 第63軍
損害
韓国側資料
  • 死傷者 555[1]

中国側資料

  • 死傷者 696[1]
韓国側資料
  • 死傷者 21,550[1]
  • 捕虜 2,617[1]

破虜湖の戦い日本語:パロこのたたかい、韓国語:破虜湖戰鬪、파로호 전투[2]は、朝鮮戦争中の1951年5月17日に開始された国連軍及び中国人民志願軍による戦闘。[3][1]

1951年龍門山の戦いで敗北した後、中国軍第63軍は華川に向かって後退し始め、張都暎将軍が率いる韓国軍6師団は中国軍を追い始めた。龍門山の戦いで韓国軍第6師団は中部戦線に形成される可能性のあった中共軍の大規模な突破口を阻止することにより、戦線の分断を防ぎ、首都圏に及ぼす危険性を排除した[4]。特に6師団第2連隊は全面防御態勢で3日間持ちこたえ、中共軍に連続的な打撃を加えることによって主抵抗線を誤認させる決定的な役割を果たした。

編制

国連軍

  • 第9軍団 軍団長:ホッジ英語版少将
    • 韓国陸軍第6師団 師団長:張都暎准将、副師団長:林富澤大領
      • 第2連隊 連隊長代理:宋大厚中領(5月25日付で連隊長就任と同時に大領昇進[5]
      • 第7連隊 連隊長:梁仲鎬大領
      • 第19連隊 連隊長:林益淳大領

中国人民志願軍

  • 第63軍 軍長:傳崇碧

戦闘

参考文献

脚注

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