福永一臣
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略歴
- 1933年(昭和8年)東京外国語学校西語部卒業[3]。
- 1947年(昭和22年)第23回衆議院議員総選挙初当選。衆議院商業委員会理事。
- 1953年(昭和28年)第26回衆議院議員総選挙落選。
- 1955年(昭和30年)第27回衆議院議員総選挙で返り咲き。保守合同(自由民主党結党)に参加。
- 1957年(昭和32年)第1次岸内閣において運輸政務次官。
- 1962年(昭和37年)衆議院建設委員会委員長。
- 1970年(昭和45年)赤城宗徳辞任で、衆議院予算委員会委員補欠選任。
- 1976年(昭和51年)衆議院航空対策特別委員長。ロッキード事件で灰色高官の一人とされ、唯一金銭の授受を認めていた。そのため、野党側から証人喚問の要求に対しては、本人は応じる気満々であったものの、自民党内から反対の声が相次ぎ、実現することは無かった。
- 1979年(昭和54年)政界から引退[1]。
- 1980年(昭和55年)勲一等瑞宝章受章[1]。
- 1982年(昭和57年)8月30日、死去。75歳没。同年9月3日、特旨を以て位記を追賜され、死没日付で従三位に叙された[5]。
