龍泉洞
岩手県下閉伊郡岩泉町にある鍾乳洞
From Wikipedia, the free encyclopedia
構造


実際の全長は2.5キロメートル以上とも5キロメートル以上とも言われている。2012年(平成24年)11月現在、3631メートルまで確認されている。1968年(昭和43年)に日本ケイビング協会が洞窟潜水で死亡事故を起こして以来2009年(平成21年)まで調査が禁止されていた。水深98メートルの第3地底湖、120メートル以上ある第4地底湖(未公開)等、全部で7つの地底湖を持っていることで知られる。
昔は現在の入り口の上方に入口があり、玉響きの滝と呼ばれる場所から小舟に乗り、百間廊下を呼ばれる場所を内部に進んでいた。その後、発破を使用して洞窟内部を爆破して通路を拡大し、百間廊下の上に歩道が設置されて歩いて内部に入れるようになった。広く観光化された当時は、第3地底湖まで到達するとUターンして戻るスタイルであったが、来場者が増えたために第3地底湖から上に登る階段を設置して、上部に広がる洞窟も見て回れるように改められた。274段の階段を登り切ったところが「三原峠」と呼ばれる場所で、そこから下ると第一地底湖を見下ろす「第一地底湖展望台」に至る。
2025年現在は、入口の上流側に新規に出口が掘削され、繁忙期には上部洞窟エリアは閉鎖して一方通行での観覧になっている。新規に掘削したトンネルには、過去の龍泉洞の写真の展示や酒類の熟成保管庫が設置される。
地底湖の水
生物
龍泉新洞
観光整備工事中の1967年(昭和42年)に龍泉洞入洞口の向かい側に新たに洞窟が発見され、龍泉新洞(りゅうせんしんどう)と命名された[6]。また、その洞内から土器・石器などが多数発見された[6]。トレーサー調査によれば、龍泉新洞は龍泉洞の下流部分にあたるとされる。龍泉洞の水が再度地下に潜り込み、本洞前の清水川(小本川水系)の下を「第二の川」のように流れ、龍泉新洞の「泉」で湧いていることが分かっている。龍泉洞の潜流地点から龍泉新洞の「泉」まで、おおよそ5分ほどで到達していると言われる。洞内で発見された土器などが展示され、「龍泉新洞科学館」という名称で約200メートルの区画が一般公開されている。北側と東側には、まだ洞窟が続いているが、一般公開はされていない。特に東側に継続する部分は「研究洞」という名称が付けられ、保全されている。掘削されたトンネルで洞内に入り、出口も掘削されたトンネルとなっている。
歴史
- 1938年(昭和13年)12月14日 - 「岩泉湧窟及びコウモリ」名義で日本国の天然記念物に指定される[5]。
- 1967年(昭和42年) - 龍泉新洞が発見される。
- 1968年(昭和43年)12月 - 洞窟探検家による死亡事故が発生。
- 1981年(昭和56年) - NHK特集『竜泉洞探検』で採り上げられる(撮影は須賀次郎による)。
- 1985年(昭和60年)3月 - 環境庁(現・環境省)による「名水百選」に選定される。
- 1998年(平成10年) - 安家洞のテレビ番組前に潜水撮影(第1地底湖)。
- 2007年(平成19年)5月 - 「日本の地質百選」に選定される。
- 2011年(平成23年)3月11日 - 東北地方太平洋沖地震が発生し、揺さぶられた地底湖は沈殿物が浮き上がって透明度が一時的に失われたが、構造物への被害は確認されず、4月27日、透明度も回復しつつあるとして観光施設は営業を再開した[7]。
- 2016年(平成28年)9月2日 - 台風10号の影響で地底湖が増水し、数日に渡り入口から大量の水があふれ出た。照明や通路が被害を受けた[8]。2017年(平成29年)3月19日、営業再開[9]。
- 2023年(令和5年)8月14日 - 前日からの集中豪雨により水かさが増し、一時閉鎖[10]。
- 2024年(令和6年)8月12日 - 台風5号の影響で地底湖が増水し、入口から水があふれ出たほか、照明設備や通路が被災した。同月25日に営業再開[11][12]。
