端建蔵橋
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| 端建蔵橋 | |
|---|---|
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端建蔵橋 | |
| 基本情報 | |
| 国 |
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| 所在地 | 北区 (大阪市)-西区 (大阪市) |
| 交差物件 | 土佐堀川 |
| 用途 | 道路橋 |
| 路線名 | 大阪府道29号大阪臨海線 |
| 管理者 | 大阪市 |
| 設計者 | ? |
| 施工者 | ? |
| 竣工 | 1921年(大正10年) |
| 座標 | 北緯34度41分6.7秒 東経135度28分56.4秒 / 北緯34.685194度 東経135.482333度 |
| 構造諸元 | |
| 形式 | 鋼PG(上路):plate girder |
| 材料 | 鋼 |
| 全長 | 111.95 m |
| 幅 | 24.00 m |
| 高さ | ? |
| 桁下高 | ? |
| 最大支間長 | ? |
| 地図 | |
| 端建蔵橋の位置 | |
| 関連項目 | |
| 橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式 | |
端建蔵橋(はたてくらばし)は、大阪府大阪市の土佐堀川に架かる橋。大阪市北区中之島6丁目と西区川口1丁目・2丁目の間を結んでいる。
北詰で堂島川に架かる船津橋、南詰で木津川に架かる昭和橋と接しており、北東袂に阪神高速3号神戸線の中之島西入口が設置されている。
江戸時代の中之島には諸藩の蔵屋敷が建ち並んでおり、中之島の西端にも蔵が建てられていたため、端建蔵という地名が生まれたとされている。ただし、1843年(天保14年)に建てられた西条藩の蔵屋敷が中之島で最も西にあった蔵屋敷だが、中之島の西端というような場所に位置していなかった。また、年中裸足で過ごすような倹約家が土蔵を建てたという「裸足蔵」の話を由来として名付けられたともされている[1]。
- 1878年(明治11年)10月[2] - 中之島と川口外国人居留地を結ぶ橋として初めて架橋された。木橋(鉄橋脚)、橋長94.5m、幅員5.5m。
- 1885年(明治18年) - 明治十八年の淀川洪水で流出[2][3]。
- 1886年(明治19年)5月6日 - 再建が完了した[4]。木橋(鉄橋脚)、橋長94.5m、幅員6.9m。
- 1909年(明治42年)12月 - 大阪市電九条中之島線敷設のため架け替え。5径間鋼鈑桁橋、橋長92.7m、幅員15.2m。
- 1921年(大正10年)6月 - 現在の橋に架け替え。5径間鋼鈑桁橋、橋長92m、幅員18m。
- 1963年(昭和38年)9月 - 橋面を約2m持ち上げ、橋体を軽くするためコンクリートの床版を鋼床版に換えられ、同時に耐震性を増すために補助の橋台が造られた。7径間鋼床版桁橋、橋長111.95m、幅員24.00m。
- 2020年(令和2年)10月16日 - 橋の架け替えに向け、東日設計コンサルタント(大阪市浪速区)に橋梁設計を委託した[5]。
- 2022年(令和4年)9月15日 - 22時から通行止めを行い、アーチ橋への架替工事に着手[6]。
- 2023年(令和5年)12月21日 - 想定を超える支障物が確認されたため工事期間を延伸し、2025年(令和7年)3月31日完成から2030年(令和12年)3月31日完成に変更[6]。
仕様
- 7径間鋼床版桁橋
- 橋長111.95m、幅員24.00m。
