第一次奴隷戦争
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 第一次奴隷戦争 | |
|---|---|
| 戦争:第一次奴隷戦争 | |
| 年月日:紀元前135年 - 紀元前132年 | |
| 場所:シキリア、アカエア | |
| 結果:ローマの勝利 | |
| 交戦勢力 | |
| 共和政ローマ | シケリアの奴隷 |
| 指導者・指揮官 | |
| プブリウス・ポピッリウス・ラエナス、 ガイウス・フルウィウス・フラックス、 ルキウス・カルプルニウス・ピソ・フルギ、 プブリウス・ルピリウス |
エウヌス クレオン, † |
第一次奴隷戦争(だいいちじどれいせんそう)は、紀元前135年から紀元前132年にかけて発生した共和政ローマにおける戦争。シキリア属州(現在のシチリア)のエンナの奴隷による蜂起がきっかけであり、元奴隷で自身を預言者と称したエウヌスとキリキア出身で軍事指揮官としてエウヌスを支えたクレオンが主たる指導者であった。いくつかの小さな戦闘で奴隷軍は勝利したが、ローマから大軍が送り込まれて敗北した。
第二次ポエニ戦争でカルタゴが敗北すると、シチリア島全体がローマのシキリア属州となった。カルタゴ人が残した土地は、ローマの投機家が安く買い上げた。カルタゴ側についたシケリア人の土地は元の持ち主が処刑されるか逃亡した後、ローマが没収していた。
ローマ側について戦ったシケリア人もまた、同胞の苦労を尻目に、豊かになっていた。シケリアのディオドロスによれば、政治的影響欲のある奴隷の所有者達、多くの場合エクィテス(騎士階級)は、奴隷達に十分な食料や服飾品を与えていなかった[1]。奴隷の中には、生き残るために盗賊になるものも多かった[1]。貧しいシキリア人も苦しんでいた。緊張関係が数十年間に渡り続き、ついには奴隷の反乱が勃発した。