篠原一 (政治学者)
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門下生
1925年、東京都目白生まれ[2]。第一高等学校から東京帝国大学へ進み、政治学を専攻する。しかし、太平洋戦争の下で同世代は兵役あるいは学徒として出生してゆき[3]、篠原も兵役に就くが外地に出るまえに敗戦を迎え、自身は結核を発症した。[4]。東京帝国大学へ復学し、1950年3月に東京大学法学部政治学科を卒業。1950年4月より東京大学法学部助手となった。しかし、再び結核を発病し、伏臥生活を送りつつ、ドイツ語の資料を読んで助手論文を執筆。
1953年7月、東京大学法学部助教授に昇進。1963年9月から1965年9月まで西ドイツ・ボンへ研究留学。1963年11月、東京大学法学部教授に昇進。1986年に定年退職し[5]、その後は成蹊大学文学部教授として教鞭をとった。2015年10月31日に老衰で死去。90歳没[6][7]。
死後、成蹊大学図書館に旧蔵の和書392冊、洋書1171冊が「篠原文庫」として寄贈されている。ワイマール共和国を中心とする、両大戦間期ヨーロッパの政治、社会、経済、文化、思想、外交・国際関係などのコレクションである[8]。
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