篠崎はるく
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- 神奈川県芸術劇場(KAAT)の芸術監督の白井晃が主催していた劇団、遊◉機械/全自動シアターへ第二回目公演から参加。劇団の中心核の役者として活躍[1]。
- 退団後、井上ひさしのこまつ座から、ミュージカル、テレビドラマ、映画など、幅広い分野で俳優としてのキャリアと活動の場を広げ、野田秀樹、栗山民也、鵜山仁など、日本の演劇界を代表する演出家たちの舞台に多数出演[1]。
- 1998年、文化庁の海外研修員として国費留学を経験[1]。
- その後、ニューヨークへ移住し、アル・パチーノ、イーサン・ホーク、 メリル・ストリーブ、マシュー・ブレドリック、サラ・ジェシカ・パーカーなど、舞台やハリウッドで活躍中の名優の多くが学んでいた演劇学校「HBスタジオ」に所属[1]。以下に挙げるアメリカ演劇を代表する俳優の為の演技システムを取得。
- リー・ストラスバーグが作り出したメソッド・アクテング
- サンフォード・マイズナーが作ったマイズナーテクニック
- 同校の創立者ウタ・ハーゲンが作ったウタ・ハーゲン・テクニック
- カリュキュラム終了後、初の日本人スタッフとして HBスタジオに在職し、世界中から集まる俳優達のカウンセリングも行う[1]。
- ニューヨークにおいて、俳優の為のワークショップをプロデュースし、日本から多くの俳優達を受け入れ、日米間の俳優達の交流や育成にも貢献[1]。
- 近年では、ブロードウエイ・ミュージカルの日本人キャストの公演にプロデューサーとして数多く携わっており、日米間の演劇の架け橋として活躍中[1]。